雨は君に降り注ぐ


 結果から言うと、私はあの後、警察に連絡はしなかった。




 翌日、私は何事もなかったかのように、大学へと向かった。
 途中、廊下で理子と合流し、一緒に教室へと向かった。

 なんてことのない普通の1日が、始まろうとしている。

 今日も普通に講義を受けて、普通に帰る。
 本当に?
 私は本当に、普通に帰ることができるの?

 いくら忘れようと努力しても、昨日の出来事が頭から離れない。

 どこまでもついてくる黒い影。
 逃げきれない。そう思った時感じた、あの恐怖。

 私は、私は、本当に、

「…結希?結希?ちょっと結希、聞いてる?」
「え?」

 理子の声で我に返った。
 やばい。
 昨日のことに気をとられて、全然聞いていなかった。

「聞いてたよ。…で、なんだっけ?」
「ちょっと結希、しっかりしてよお~。」

 理子は頬をふくらまし、怒った顔をする。

「ごめんごめん、。…で、なんだっけ?」
「だから、バスケサークル、今日も行くよね?」
「ああ…。」

 そういえば、また同じ時間に体育館に来いと、昨日、斉藤先輩に言われていた気もする。

「うん、行くよ。」
「そうこなくっちゃ!」

 理子ははじけるような笑顔を見せた後、急に真顔になった。

「結希、なんかあった…?」
「え?」
「なんか今日、元気ないから、さ…。」
「ああ…。」

 この子は本当に、私のことをよく見てくれている。
 そして今は、私のことを、本気で心配してくれている。
 理子になら、いいかもしれない。
 理子になら、

 私がストーキングされているということを、話してもいいかもしれない。

「うん、実は、」

 その瞬間、私は、ある人の顔に、釘付けになった。

 すれ違う学生達の波の中に、その人は、いた。

 私にはまったく気づかずに、私の脇を通り過ぎていく。

「結希、どした?」

 理子が、心配そうに訊ねてくる。

「ごめん理子、先、教室言ってて。」
「えっ?」

 戸惑う理子をおいて、私はその人が向かった方向へと、走り出した。

「ちょっと?結希?どこ行くの?」

 後ろから、理子の困惑しきった声が聞こえてくる。

 ごめん、理子。
 でも、今行かないと、もう2度とその人を見つけられなくなってしまうような、そんな気がするんだ。
 本当、ごめん。

 私は1度も振り返らずに、その人の背中を追いかけた。
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