雨は君に降り注ぐ

「でも、どうして、急に僕の名前を?」

 涼介先輩は、不思議そうに訊ねる。

「あ、あの、それは……。」

 私は、少しためらった。
 勝手に、一ノ瀬先輩のことを話してもいいのだろうか。

 でも、よく考えたら、2人は学年も同じで、涼介先輩は一ノ瀬先輩の知り合いなわけだから、べつに、話しても、何の問題もないだろう。

「涼介先輩、3年の、一ノ瀬先輩って、ご存じですか?」

 一ノ瀬先輩の名前を出したとたん、涼介先輩の顔がくもった。

 沈黙が流れる。
 ……やっぱり、話しちゃまずかった?

「あの…どうなさいました?」

 恐る恐る訊ねると、涼介先輩は、ハッと我に返ったように、笑みをつくった。
 そう、

 笑みを、つくった。

「いや、何でもない……。一ノ瀬ね、よく知ってるよ。」
「お友達、なんですか?」

 しばし、涼介先輩は、考え込んだ。

「こんなこと、僕が勝手に言っていいものか、分からないんだけど……。」

 涼介先輩が、いかにも気まずそうに、口を開く。

「一ノ瀬、高校生の時に、母親を亡くしてるんだ。」

 衝撃が、私の体を走る。

 母親を、亡くしている?
 一ノ瀬先輩が?

 涼介先輩は続ける。

「病気でね……胃癌だったそうだ。一ノ瀬の家はシングルマザーで、子供も一ノ瀬1人だけで、発見が遅れた。癌が見つかった時には、もう、どうしようもなかったそうだ。一ノ瀬と母親は、相当仲が良かったみたいだから、亡くなられた時の一ノ瀬のショックは、大きかったと思う……。」

 途中から、涼介先輩の声は、私の耳には届いていなかった。

 私は、一ノ瀬先輩の、柔らかい笑顔を思い出していた。

 先輩……。
 あなたの、その優しすぎる笑みのどこに、一体どこに、

 そんな、大きな悲しみを抱えているんですか?
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