雨は君に降り注ぐ

 違う。
 やっぱり違う。

 新川先輩の笑顔には、何か違和感がある。

 この笑顔は、新川先輩の本心ではない。
 笑顔の仮面の奥に見え隠れしている顔は、笑ってなどいない。

 その奥に見える顔は、その視線は、

 黒フードの人物。

 本当に、よく似ている。
 この視線の嫌なかんじ、そっくりだ。

 でも。

 私は、ストーカーが送ってよこした、手紙の1文を思い出す。

『素敵なアパートですね。
 まあ、俺は君のほうが素敵だと思うよ。』

 俺。

 この一人称からして、これを送った人物は、男だ。
 この手紙を書いた人と、黒フードの人物は、きっと同一人物。
 雰囲気が似ている。

 でも、そう決めつけるのは、まだ早い。

 ストーカーは本当は女で、それを知られたくないがために、手紙の一人称を俺にして、男に思わせようとしている。
 その可能性だって、充分あり得る。

 だとしたら、もしかしたら。
 もしかしたら。

 新川先輩が。

 でも、一体、何のために?
 私を追い回して、何の得がある?
 性別を偽って、何の意味がある?

 …こんなことを考えたって、どうしようもない。
 考えて、結論が出る問題でもないだろう。

 あの夜以来、私はあの視線を感じていない。
 追い回されもしていない。

 どうだっていいじゃないか。
 実害がないんだから。

 こんなこと、考えるのはやめよう。



 この時、もっと真剣に考えていればよかった。

 私がそう後悔するのは、まだ先の話だ。
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