雨は君に降り注ぐ

 人。
 人だ。

 人気のない住宅街で、初めて見つけた人。

 その人は、あるマンションの、2階のバルコニーに立っていた。
 そこから、雨雲を見上げて、どこか残念そうな顔をしている。

 それにしても、なんて素敵なマンションなのだろう。
 エントランスも、バルコニーも、おしゃれで、きれいに造られている。

 この住宅街の中で、なかなか目立つマンションだ。

 私の、階段が錆びてきているアパートとは、比べ物にならない…。

 雨は、本降りになってきていて、私のパーカーを容赦なく濡らす。

 誰かに会ったら、道を聞こう。
 そう考えていたことなんて、私はすっかり忘れていた。

 私は、バルコニーから手を出して、雨を肌で感じているその人の横顔に、釘付けになっていた。

 ああ、やっぱり整っている。

 くりくりの目に、高い鼻。
 髪はサラサラで、軽めのマッシュヘア。
 全体的に、柔らかい印象。

 私がこの2週間ほど、ずっと探していた人。
 会いたくてたまらなかった人。

 その人は、部屋に戻ろうと、視線を移す。
 その瞬間、私とバッチリ目が合った。

 その人が息をのむのが、少し離れているここからでも、よく分かった。

 その人は、驚いたように目を見開いて、私を見つめている。
 私も、その人のことを見つめ返す。

 雨はしきりに降って、私の体を冷やしていく。
 それなのに、私は、いつの間にか笑顔になっていた。

 そして、その人に聞こえるように、少し大きな声で、こう言う。

「……一ノ瀬先輩!」
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