雨は君に降り注ぐ
5
一ノ瀬先輩は、大慌てでバルコニーから姿を消すと、しばらくして、エントランスから、傘をさして、走って出てきた。
そして、私に近づいて、傘をさし出す。
私がそれを受け取ると、一ノ瀬先輩は、にっこりと優しく笑った。
私が傘を受け取ったことで、今度は、一ノ瀬先輩のパーカーが濡れ始める。
でも、先輩は、そんなことはお構いなしのようだ。
「あの、先輩、私…。」
「こんな所にずっといたら、風邪ひくよ。とりあえず、中に入ろう。」
…ああ。いつもの先輩だ。
低くて優しい声。
あの夜の、意地悪そうな笑みなんて、今はどこにも無い。
先輩は、私の肩を抱きかかえるようにして、マンションのエントランスへとうながす。
…ん?
中に入ろう?
それって。
それってまさか。
まさか、先輩のお部屋に、お邪魔させていただくってこと?!
「あ、あの、先輩っ。」
「何?」
私、心の準備ができてませんっ。
その言葉は、先輩の優しい笑顔に、見事に飲み込まれた。
「なんでもありません……。」
雨で冷えたはずの体が、熱を持ち始めた。
顔も、きっと真っ赤だ。
あがってるんだ、私。
だって、男の人の部屋に入るなんて、初めてだし。