雨は君に降り注ぐ
テーブルの上には、ティーカップが2つ。
中身は温かいミルクティー。
少し冷め始めていたけど、先輩が入れてくれたお茶、それだけで、充分温かい。
私が落ち着いてきたことを確認すると、先輩は、口を開いた。
「君は…あそこで、何をしていたの?」
迷子になっていました。
いや、言えない。
そんなに恥ずかしいこと、言えるわけがない。
なんと言い訳しよう。
「もしかして、迷子…?」
一ノ瀬先輩は、エスパーかもしれない。
図星を突かれた私は、目を見開いたまま黙ってしまった。
一ノ瀬先輩は、それを肯定と受け取ったらしい。
クスクスと、おかしそうに笑った。
私は、自分の顔が熱くなっていくことを感じた。
「そっか、迷ってたんだ。この辺はあちこち入り組んでいるから、土地勘がないと迷うかな。君の家は、確か、駅の反対方向だったよね?」
「散歩をしていて、それで、気づいたら…。」
先輩は、まだ笑っている。
「ここに僕がいてラッキーだったね。」
「先輩の家、私の家と近かったんですね。」
「うん、そうなるかな。」
だから、私がストーカーに追いかけられたあの夜も、あそこにいたんだ。
「私、ずっと先輩に会いたかったんですよ。」
「え?なんで?」
「先輩に、聞きたいことがたくさんあったんです。」
「例えば?」
先輩が、穏やかな笑みで、私を見つめる。
「先輩の名前とか、趣味とか、将来の夢とか、色々…。」
「なんで、そんなことを聞きたいの?」
「私っ!…一ノ瀬先輩のこと、何も知らないんです。私、一ノ瀬先輩に興味があるんです。だから、知りたいんです。先輩が、どんな人なのか。」
私が一息にそういうと、一ノ瀬先輩は、また、おかしそうに笑った。
「…なんで笑うんですか。」
「ごめんごめん。」
先輩の整った顔は、笑うとすごくかわいい。
「いいよ。僕が答えられることなら、話すよ。でも、本当に、」
先輩は、一瞬、ほんの一瞬だけ、寂しそうな顔をした。
「君は、僕の昔の友人に、本当によく似てる。」