雨は君に降り注ぐ
通報はダメだ。
私は、誰かに「助けて」と言うことさえできないのか……。
自分のことが、どうしようもなくみじめに思える。
なんて、感傷に浸っている場合でもないだろう。
通報ができないのなら、では、どうしようか。
手紙を送ってよこした、ということは、このストーカーは、私の住所を知っている。
……待って。
何か引っかかる。
フローリングの床に落ちたままの茶色い封筒を拾い上げ、確認する。
切手は……貼られていない。
住所さえ書かれていない。
血の気が引いていく。
と、いうことは、だ。
ストーカーは、この手紙を、直接玄関ポストに投函した、ということになる。
つまり、私が買い物に行っていたわずか数10分の間に、この部屋の目の前に、『それ』はやって来ていたのだ。
この手紙を、私に届けるために。
…いや。
果たして、本当にそうなのか?
『それ』は、本当に、この部屋に手紙を届けた、それだけで、本当に、果たして本当に、
帰ったのだろうか?
全身に鳥肌が立った。
いや、落ち着け、私。
この部屋からは、私以外の人の気配はしない。
そういう勘だけは昔からいいんだから、大丈夫だ。
それに、ストーカーがそうそう簡単に、鍵を入手できるわけがないじゃないか。
鍵。…鍵?
ふと、玄関ドアに目をやった。
鍵は、開けたままになっている。
一瞬、心臓が止まった。 ……ような気がした。
実際には止まっていない心臓は、ありえない速さで動いている。
その鼓動を鎮めるように、私は胸を押さえながら立ち上がり、忍び足でドアに近づく。
震える手で、できるだけ音をたてないように、
鍵を、閉めた。