雨は君に降り注ぐ
アパートに到着するまでの私の周りの時間は、ずいぶん早く流れていたように思える。
だんだんに、見慣れた景色が表れていくにつれて、私は思わず願っていた。
まだ、着かないで、と。
今日だけは、早く帰りたくない。
私の心臓は、限界が近づいてきている。
鼓動が早すぎて、今にも止まってしまいそうだ。
でも、それでも、もう少しだけ、
先輩の体温を感じていたい。
だからお願い。
まだ、着かないで。
雨よ、止まないで。
だから、よく知っているアパートが目の前にやって来た時、その時の私の落胆は、きっと世界で1番大きなものだったと思う。
一ノ瀬先輩は、3階の私の部屋の目の前まで、ついてきてくれた。
「じゃあ、僕はここで。」
一ノ瀬先輩は、私に背を向ける。
嫌だ。
まだ、行かないで。
「あのっ!」
気が付いた時には、そう叫んでいた。
先輩が、ゆっくり振り返る。
「何?」
優しく、私に問いかける。
「あの、先輩、また…、」
なぜか、声が震えた。
「また、会えますよね?」
先輩は、一瞬、キョトンとした。
でも、またすぐに、優しい微笑みに戻る。
そして、
「明日、大学でね。」
答えになっているのか、なっていないのか分からないような返事をすると、私に背を向けて、夜の暗闇の中へと、去っていった。