【短】今夜、君と夜を待っている。
「朝だよ、高平くん」
『なに、モーニングコール?⠀寝てないけどな』
「もっと夜にいたかったね」
携帯を包むように胸に抱いて、また夜明けに背を向ける。
スピーカーにしていないからよくきこえなかったけれど、高平くんは『そうだな』って言った気がした。
高平くんは眠れないからわたしにメッセージを送ってくるわけではなくて、明日が来るのがいやで、夜のなかにいたくて、同じ世界に誰かといたくて、一週間に一度、わたしを選ぶ。
真夜中、二時、三時、四時、だなんて未知の世界だった子どものころのわたしなら知らない時間を、今は平気で起きて過ごしている。
夜に怪物が住んでいるのだとしたら、大人になるにつれてそれは消えていくのではなくて、朝の魔物に進化してしまう。
朝がいやで、明日をきらって、少しでも長く夜に住んでいたくて。
わたしもそういう気持ちを抱えてる。
ふたりならきっと、朝も少しだけこわくない。
ただ、高平くんとのメッセージのやり取りが楽しければ楽しいほど、朝はあっという間にやってくる。
本末転倒だと言葉にしてしまえば、来週の真夜中は何の音沙汰もなくなってしまうだろう。
メッセージを送りあっても、こうして通話で繋がっていても、こんな糸は指先ひとつで簡単に切れてしまう。
『佐和、眠れないなら目を瞑るだけでいいから。少し休んでから学校に行けよ』
「高平くんは?」
『俺は眠れそうだから寝る』
「一昨日みたいに遅刻しない?」
『しないって、たぶん。一昨日のは、和泉と朝までゲームしてたせいだから』
「高平くんも和泉くんも昼前に来たもんね」
真っ赤に充血した目をおそろいにして、午前中最後の授業の途中で和泉くんが登校してきた五分後に高平くんがやってきたのは一昨日のこと。
今度は高平くんとわたしが揃って遅刻したら、先生に何を言われるかわからない。
今度こそおやすみ、と呆気なく通話は終わった。
はぐらかされたような気もするけれど、もう一度電話をかけ直すことはできなくて、言われた通りに目を瞑る。
ふと眼前に手のひらをかざしてみると、指の輪郭まではっきりと見えた。
夜明けはもう、わたしの背中にぴったりと張り付いていた。