申請王子様
「また他の方の申請書も持ってこられているようですが……」
「ああ、はい。頼まれたので」
「またですか。次は申請者本人が自分で持ってくるように伝えてくださいと言ったはずですが?」
「はい……すみません……」
分かってはいても頼まれたら断り切れなかったのだ。だってそんなに面倒なことじゃない。自分が行くからついでに預かっただけだ。
「宮本さんがそんな小間使いみたいなことをしてはだめです」
市川さんはまた冷たい顔をする。まるで怒られているようで私まで暗い表情になる。
「すみません……」
「宮本さんに怒っているわけではありません」
市川さんは増々不機嫌そうな顔になる。私の好きな王子の顔じゃなくなっていく。
「失礼します……」
目が潤んできたから急いで総務課のドアに向かう。丹羽さんと黒井さんが含みのある顔を向けて手を振ってくれた。それに手を振り返す余裕はなくて、急いでフロアから出た。
毎回書類に何かしら訂正が入るし、何度言われても同じことをしてしまう自分が情けない。市川さんに関わらなければもっとちゃんと仕事できるのに、市川さんからしたら私は頼りない社員に見えるんだろうな……。
◇◇◇◇◇
社外での仕事から戻ってくると、フロアの開いたままのドアの向こうから市川さんの声が聞こえてきた。なんとなくフロアに入り辛くて私は廊下で息をひそめてしまう。
「……ですから、必ず本人が持ってきてください」
顔を見なくても市川さんの機嫌が悪いことが声でわかる。
「新入社員に雑用を押し付けないように。それと、書類の提出先をきちんと先輩方が指導してください」