申請王子様
フロアから「すみません」と他の社員の謝る声が聞こえる。
「では失礼します」
市川さんが出てくる気配がしたけれど廊下には隠れる場所がなくてドアの前で市川さんと鉢合わせてしまった。
「宮本さん?」
「あ、あの、お疲れ様です……!」
目が合わせられない。だってきっと市川さんは怖い顔をしているから。
「宮本さん、遅くなりましたがお土産ありがとうございました」
「いえ……」
「お昼は食べられましたか?」
「あのっ、まだです」
「では、よければご一緒しませんか?」
「え? ……え?」
思わず顔を上げると市川さんは困ったように笑っている。
「先約がありますか? それとも僕とは嫌ですか?」
「い、いえ! 是非是非!」
私の勢いのいい返事に市川さんは微笑んだ。
胸がぎゅっと締め付けられたように苦しい。市川さんが笑ってくれたら、なんだかソワソワする。
会社の近くの定食屋さんに入ったけれど、正直食べた気がしなかった。市川さんとこんなに長い時間二人きりになったのは初めてで、食べ物が喉を通ったのが不思議なくらいだ。
会話だって全然弾まなかった。というか、市川さんはあまり話さない。私も緊張で全然話題が浮かばない。
どうしてお昼に誘ってくれたのだろう。私とじゃ楽しくないだろうに。
市川さんの方が早く食べ終わっても、急かすことなく静かに待ってくれた。けれど私は待たせるのが申し訳なくて慌ててご飯を口に入れると「急がなくても大丈夫ですよ」とまた微笑んだ。
今までの冷たい態度が嘘のようにたくさん笑ってくれるから逆に落ち着かない。急に笑いかけてくれるようになったのは何故だろう。