申請王子様
「いえ、申し訳なので!」
「女性にこの量は大変です。ください」
市川さんは私の腕からチラシの束を全部取った。
「あ、あ、ありがとうございます!」
一歩後ろを歩いて背中をまじまじと眺める。
表情を一切変えない市川さんが優しくて戸惑う。いつもの市川さんは私に冷たく申請書を突き返すだけなのに。
資料室のドアを開けて市川さんを先に中に入れる。
「ここでお願いします」
キャビネットを指すと市川さんはチラシの束を置いてくれた。
「ありがとうございました」
「いいえ」
市川さんは無表情のまま資料室のドアへ向かった。
私は別の資料を探すために壁に立てかけられた脚立を持ってキャビネットの前に置いた。
「宮本さん? まだ他に何かあるんですか?」
ドアの前にはまだ市川さんが立っていた。脚立に足をかける私を見ている。
「あ、あの、他の資料を取りたくて……」
「そうですか……」
市川さんは資料室から出て行かずにずっと私を見ている。
どうして見てくるのだろう……市川さんに何か失礼なことしてしまったのかな……視線を感じる……緊張しちゃう……。
資料の入った段ボールを両手で持って降りようとしたとき、足を踏み外した。
「うわっ!」
お尻から落ちると思ったのに、衝撃は背中にあった。
「っ!」
背後に荒い息遣いを感じて振り向くと、私の体は市川さんに抱えられていた。
「い、市川さん!?」
「大丈夫ですか?」
「はい……」
脚立から落ちた私は市川さんをクッションにしてしまったようだ。おかげで大きな怪我はなかった。