申請王子様
出張から帰ってきた翌日に領収書諸々の書類と小さなお土産の箱を持って総務課に足を運ぶ。
市川さんの顔を見るのはなんだか緊張する。
「失礼しまーす……」
曇りガラスのドアを開けると市川さんは相変わらず無表情で私を見て「お疲れ様です」と言った。
「これ、出張関係の書類と、有給申請書です。あと、お土産です」
丹羽さんにお土産の箱を渡し、紙の束を市川さんに差し出した。するとすぐに「あ、これは日付の記入ミスです」と一枚突き返された。
「え!」
またしてもそんな初歩的なミスをやらかすなんて恥ずかしい。私は市川さんに会うから動揺しているようだ。
「すみません……」
「有給申請は……理由は何ですか?」
「え、理由も書くんですか?」
「簡略的で大丈夫ですが、一応理由も申告してください。そのためのこのスペースです」
市川さんは有給申請書の空欄を指で軽く弾く。
「理由は、えっと……引っ越しの手伝いです」
「引っ越し……ですか?」
「弟が大学進学と同時に私のマンションに住むんです。キャンパスが実家より近いので。弟が来る日に手伝いたくて有休をと……」
そんな理由で有休を使うのはまずいかと思ったけれど、市川さんはまさかの微笑んだ顔を見せた。
「優しいお姉さんですね」
市川さんが笑った顔なんて初めて見たかもしれない。思わず見惚れてしまう。
「……さん、宮本さん」
「はい!」
「大丈夫ですか?」
「はい……」
市川王子の笑顔に釘付けですとは言えなくて顔を真っ赤にして下を向く。