身代わり依頼は死人 桜門へ ~死人の終わらない恋~
海里はその場からゆっくりと歩き、部屋を立ち去ろうとした。死人には足音などないのだ。彼女には海里の声も体温も表情も足音さえも感じられないのだから、ゆっくりと歩く必要もないのに、何故か足取りは重かった。
「…………海里は、海里はどこにいますか?」
初芽が泣きそうな声で自分の名前を呼んだ。
それを無視することは出来ず、海里は襖の前で立ち止まってしまう。
「………初芽」
「私の病気が治った時から彼が屋敷に姿を現さないなんて、おかしいのです。海里ならば、元気になった私を見て喜んでくれるはずなのですから。だから、絶対に彼が今回の事に関係しているはずなのです」
「…………」
「お父様。こんな夜中に私の部屋まで来てくださったという事は、海里について何かわかったのですよね。お願いします。私に教えてください!」
初芽のその訴えは、最後の方は涙声でかすれていた。
彼女が言ったように、初芽の父親は何かを知っているが、彼女に伝えるのを迷っていたようだ。躊躇した表情を見せたものの、初芽の必死な思いがひしひしと伝わったのか、小さな息をひとつ吐いた後に、ゆっくりと口を開いた。
「………おまえに話すべきなのか、ずっと悩んでいたよ。せっかく元気になったのに、悲しんでまた病んでしまうのではないか。そんな不安があったんだ。いや、今もある。けれど、初芽には話しておいた方がいいのだろう。海里という男は、おまえにとって大切な人なんだろう?」
「………はい。海里は私の唯一のお友達で、初めて男の人に心奪われた。大切な人なのです」