身代わり依頼は死人 桜門へ ~死人の終わらない恋~
「昔からずっと、200年前から、どんな姿になったおまえも俺には大切だったんだよ」
「………桜門さん、それって………」
世間知らずで鈍感な文月でも、その言葉の意味がわからないわけはなかった。
すぐに目を開けたが、目の前には彼はいなかった。
変わりに視界に飛び込んでくるのは、夜空に咲く満開の桜の木。桜門と一緒に死んだ大きな桜だ。風で揺れた枝や花の間から、太い幹が見える。そこには、たくさんの線が刻まれていた。それは人が刻んでできたもの。ここに住む桜門が刻んだのだろう。身代わり依頼を終えた分だけ。
「文月、有紗、美由、穂香・・・初芽。俺はずっとずっとおまえが好きだった。これからも、おまえを愛し続けるよ。だから、どうか健やかで幸せに」
耳元で桜門の優しい声が聞こえる。そして、その名前はどこか懐かしく、そして文月が知っている人のようだったが、どうしても思い出せない。
記憶が混乱しているのに、更に桜門は文月を戸惑わせる。
今、文月は桜門に強く強く抱きしめられていた。
全身が冷たい。彼の体温を全身で感じられている。
幸せな瞬間のはずなのに、文月は彼の顔を見たくて彼の体を押すが、彼の腕は全く動かなかった。
「待ってっ!!桜門さん。お願い、話を………」
「ありがとう、愛している」
一瞬だけ彼の顔が見えた。
けれど、それは本当に瞬きほど短い時間。次に感じたのは、唇に落ちる冷たい感触。
キスをしてくれた。
それをもっと感じていたい。
彼の話を聞かなくてはいけない。
桜門と一緒に居たい。
願いを叶えたい。
それと同時に、突然頭の中に見知らぬ記憶が走馬灯のように巡ったのだ。
そこには、桜門とよく似た銀髪の少年と病気で苦しむ自分によく似た女性。農家で働いたり、戦禍を必死に生き抜く女性や、レトロな服を着て町を走る女性。どの女性も文月の面影がある。
それと共に幸せと寂しさと苦しさの葛藤。そんな気持ちも伝わってくる。
それが彼の記憶と感情なのだと、文月はすぐにわかった。
まだ彼から離れてはだめだ。彼の気持ちを思いを、知りたい。
けれど、その思いはどれも叶わず、文月の思考は止まり、視界は真っ暗闇となり、深い深い眠りへと落ちていったのだった。