身代わり依頼は死人 桜門へ ~死人の終わらない恋~
リーフレットを貰い、会場の奥へ進むと、シンプルな真っ白い壁に、色とりどりの絵画が飾られていた。黒夜の水彩画達が姫白を出迎えてくれる。
夜の海に光る月、住宅街の朝日、森の朝露の輝き……様々な透明感のある絵が並んでいる。姫白は小さな歓声を上げたくなるが、グッと我慢して1枚1枚ゆっくりと絵を堪能をした。
平日の昼前という時間だったが、沢山の人が黒夜の絵を見に来ていた。それに、彼の絵はほとんどが「ご成約済」という紙が貼られており、その絵達は誰かに買われていくのだとわかる。
それはとても素晴らしい事なのに、少し寂しくも思える。この絵がこうやって並べられて飾られるのはもう叶わないのだと思うと、悲しくなってしまうのだ。
自分の絵でもないのにな、と内心苦笑しながら、姫白は次の絵の前に足を進める。
その瞬間、姫白は息を飲んだ。
「………銀杏並木………これが………」
ずっと生で見てみたかった絵画。
その夕暮れの銀杏並木は、あの日と何ひとつ変わらない美しさがそこにあった。この絵を見るだけで、あの時の肌に感じる秋の空気と、彼の声、そしてその時の自分自身の高鳴る気持ち。全てが鮮明に思い出された。
やはり彼の絵はすごい。こんなにも人の心を動かしてくれる。
そんな彼の腕を自分が守れたこと。それが少し誇らしくなる。コートの右肩部分から下は、膨らみがなく萎れている。もちろん、袖口から腕が見える訳もない。
あの事故を思い出すと、激しい痛みと手術後の苦しみも甦ってくる。けれど、それよりも彼が倒れている姿が頭に過る方が泣きそうになるほど辛いのだ。