エチュード〜さよなら、青い鳥〜
青い鳥
幸せは、青い鳥の姿をしているらしい。



見つけたら、捕まえて、籠に入れて、毎日眺めて幸せを願うつもりだ。



だが、鳥はその翼で自由に空を行く。
見つけることはともかく、捕まえることは容易じゃない。



グランドピアノは、鳥の形に似ていると涼音(すずね)が言った。
残念ながら青くない。大きく艶やかな黒い鳥だ。
初音(はつね)は今日も、この黒い鳥で理想とする最高に幸せな音を探す。


ショパンのエチュード(練習曲)作品10第3番ホ長調。
彼が一番好きだと言っていた『別れの曲』。美しく切ないエチュード。

かつて、その美しい旋律は思い出とリンクして、別れの深い哀しみを連れてきては、初音を苦しめた。

追えば追うほどに、理想は遠のく。
正直、限界も感じていた。

だがついに、哀しみの向こうに希望の音を見つけた。

気づいたのだ。
幸せの青い鳥は、捕まえたりしなくても、籠に閉じ込めなくても、実はすぐ近くでいつも寄り添っていてくれたのだと。



「聴くに耐えない」と酷評されたこの曲を、初音は今日も弾く。
自分の限界を越えて理想に近づく為に。


規則正しく並ぶ鍵盤。その中の一つ。
ドイツ語でH(ハー)。ドレミ音階でいえばシ。



ーー最初のこの一音で、今日も私は私を超える。









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