エチュード〜さよなら、青い鳥〜
涼は、一つあくびをしてからピアノ室に向かう。
ーー今日は、10ー1か。
一緒に暮らし始めて、初音には毎朝のルーティンがあることを知った。
朝起きたら、まず顔を洗って目を覚ます。
それから真っ先にピアノ室に行き、まずはショパンのエチュードを弾く。
弾く曲はその日の気分らしい。
同じ曲を何度も繰り返す日もあれば、弾いているうちに指の調子を見て、曲を変えることもある。
『エチュードは練習曲だから、指ならしよ』
朝起きてすぐの指ならしが、ショパンのエチュードだというのが、驚きだ。
それから調子が上がるといつまでもピアノを弾いている。
今朝は、エチュード10ー1を繰り返し弾いている。指の動きは滑らか。今日も絶好調のようだ。
涼は時計を見る。
「初音、今日は大学に行くんだろ?
そろそろ、終わり」
初音の肩を優しくポンと叩く。集中してピアノを弾いていた初音は、ハッと我にかえって指を止めた。
「おはよう、涼」
振り返り、笑顔を向けてくれる妻に、無上の幸せを感じる。涼にとって、今日も最高の朝だ。
あまりに愛おしくて、涼はそっと初音に口付けた。