エチュード〜さよなら、青い鳥〜
その日は、強い雨だった。
初音の暮らす古い学生寮は、ひどい雨漏りをしていた。
何不自由ない生活をしてきた初音にとって、『雨漏り』は人生初の経験だ。
部屋のあちこちに置いたコップやバケツ。天井から垂れる雨粒が落ちて、澄んだ水音を立てる。
水が溜まると変わっていく音階に耳を澄ませていると、ショパンの『雨だれ』を思い出す。
だが、そんなに楽しんでばかりもいられない。ベッドまでしっとり湿っぽいし、タブレット端末やパソコンといった私物の電子機器にもこの状況はよくないだろう。
「どうしようもないわね。ワタシは、オスカーのところに避難するわ」
初音のルームメイト、ロシアからの留学生オリガはため息をつきつつ、口元は笑っていた。彼氏のところに転がり込む口実ができたからだ。
「ハツネはどうする?」
「今日は授業終わったら、ホテルにでも泊まる。
大丈夫」
初音は、とりあえず数日分の衣類や貴重品をスーツケースに詰めた。
ホテルとは言ったが、大学近くにホテルがあるかもわからない。初音には転がり込めるような友人もいなかった。