エチュード〜さよなら、青い鳥〜


エチュードを弾き終えた初音がテーブルへ戻ってくると、両腕を胸の前で組んでマーシャは目を閉じていた。


「私は、いつでも最高の音楽に囲まれていたいの。だから。
ハツネ、これからも私に、最高の音楽を聴かせなさい。今のあなたに出来る、最高の演奏を」

「…え」


マーシャが何を言おうとしているのかわからない。初音は、クラウゼ教授に助けを求めるように視線を向ける。


「マーシャは、これからもハツネをみていきたいって言ってるのよ。
ハツネの夫は、ピアノに理解があると言っていたわね?大丈夫かしら?」

クラウゼ教授は、顔を綻ばせていた。


留学の延長が認められたのだ。初音には、悩むことなどない。最高のピアニストとこれからも一緒に居られるなら。

涼の顔が頭を掠める。だが、彼も絶対にマーシャのもとにいろと言ってくれるはず。

「…ドイツに来たばかりの最初の一週間は毎日不安で電話していましたが、勉強も忙しくなり、慣れてくるにしたがって次第に連絡することが減りました。そういえば、もう一週間、いえ、10日以上彼に連絡とっていない」


そして、それでも意外と平気なことに、今気づいてしまった。
大好きな人。側にいることが出来なくても、声を聞くだけでも安心できたのに、いつしか声を聞かなくても平気になっていた。

< 173 / 324 >

この作品をシェア

pagetop