エチュード〜さよなら、青い鳥〜
マーシャがピアノの前に座った。
しばらく鍵盤を見つめてから、長く白い指を置いた。


奏でるのは、ショパンのエチュード、10-3。日本では『別れの曲』という名で知られる名曲。
初音がどんなに練習しても、どうしても甘く切ない音にならず、最も苦手な曲。

それが今、初めて聴いたマーシャが弾く『別れの曲』に、心が震えた。
技術だけではない。心が引き絞られるような切なさと、広がる美しい音楽の世界に、知らず涙が零れた。


これだ。
弾きたいと思っている『別れの曲』は、これだ。
目指す世界は、ここにある。


マーシャは10-3を弾き終えると、続けて先程初音が弾いた10-4を奏で始めた。
別れの曲とは対をなすような熱情的な4番。音の一粒一粒が、先程、『別れの曲』で震えた心の奥にある情熱を叩いていく。


ピアノが好きだ。美しい音楽に囲まれたこの時間が、好きだ。
改めてそう思える。
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