エチュード〜さよなら、青い鳥〜
夢から醒めて
『留学の延長が認められました』
六月にその一言だけ届いたあと、初音からの連絡は途絶えた。
ーー社長令嬢と結婚しただけの逆玉野郎の采配で異動なんてやってられないよ。偉そうに。
秋の定例人事異動を打診したアリオンエンタープライズの社員達が、涼のことをそんな風に言っていることは知っている。
周囲の雑音は言わせておく、気にしないと、初音のような姿勢で居たいが、これがなかなか難しい。
社員の能力や、マンネリ化での労働力の低下、個々のキャリアなどを鑑みての異動だというのに、頭ごなしで否定され、ほとほと疲れ果てていた。
また、涼は初音の留学を機に、結婚前に暮らしていたマンションに戻っていた。初音がいない丹下家は、やはりどこか馴染めなかった。
仕事を終えて、コンビニ弁当を手に帰宅する。
風呂に入って、弁当を食べて、お気に入りのクラッシック音楽を聴く。
変わらぬ日常に戻ると、初音のことを忘れそうになる。あれは、夢だったのじゃないか、と。
便りがないのは元気な証拠とはいえ、少しくらい状況を知らせてくれても良いのにと思う。
変わり映えのない日常を過ごすこちらと違い、知人もいない異国の地でどんな風に過ごしているのだろう。
ピアノ漬けの毎日?友達はできたのだろうか?
まさか、好きな男とか?
近況を尋ねるメッセージだけでも送ってみれば良いのだが、気の利いた言葉が思いつかず、結局送れずにいた。