エチュード〜さよなら、青い鳥〜

かつて、涼が婚約していたことは知っていた。
アリオン・エンタープライズに出向していなければ、彼女が涼と結婚していたのだろう。

そんな女性と、酔い潰れるまで飲んでいた。話をしただけ?それとも…

ーー涼。信じていていいんだよね?

相手はかつて婚約するほど愛した女性だ。焼け木杭に火がついたりしたら…


心臓の音がうるさい。指だけじゃなく、体も震えていた。
離れている距離がもどかしい。彼の声も顔も温もりも、全てが遠く、不安だけが初音を包む。


目の前のピアノの鍵盤が、揺れて見える。


どうにもできない。ドイツにいる今の初音には、ピアノを弾くことしか、出来ない。


初音は、ピアノの前に座った。


この胸に込み上げる、どうしようもない焦燥感。自分では抑えきれない感情。

こんな時は、何も考えずに弾くだけで精一杯になる難しい曲を弾こう。指を酷使して、ピアノを叩きつけて、胸に渦巻く気持ちを吐き出すんだ。
そう、涼に結婚を提案したあの時。あの時のように。





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