エチュード〜さよなら、青い鳥〜
「他に好きな人ができたわけじゃ、ないんだよね?」

「あぁ。俺は、全てを手放して全力で夢を追いたいだけなんだ」


初音が抱えていた涼への違和感。
距離は気持ちを離すもの。特に、人の心は変わるものだと、マーシャは言った。

それは涼だけでなく、初音にも当てはまるのかもしれない。
浮気を疑った心の澱みで本当の涼が見えなくなっていた。彼が丹下に関わる全てを手放したいとまで追い詰められていたことにも気づかなかった。

浮気だろうと、夢を追うのだろうと、どちらにしても彼の気持ちは、初音の方を向いていない。


こんな状態で結婚を継続していても、お互いの為にならない。


初音は、ずっと首から下げていたマリッジリングを外した。一度も指にはめることはなかったリングを、テーブルの上におく。



「他の女に取られるなら許せないけど、夢を追うというならその背中を押してあげるしかない。
わかった。涼の言う通りにする。
ただ私、いまさら丹下初音に戻っても…ヨーロッパのピアノコンクールに『四辻初音』の名前で結構出場して、それなりに頑張ってきてて、名前が変わるのは、困るな」

「そのままで構わない。名前は君の自由で、四辻を名乗ってくれて構わない。
何もかも中途半端な俺のワガママに、初音を巻き込みたくない。君を俺のことで悩ませたくない。君にはただ、ピアノのことだけ考えていてほしいんだ。
初音。
お互い自由な方が、たぶん、幸せだよ」



涼が好きだと知って練習を重ねた、ショパンのエチュード10-3『別れの曲』。
涼はそれを酷評して、初音のもとから去っていった。




















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