エチュード〜さよなら、青い鳥〜

「お父さんの会社は大丈夫?」

「…あぁ。一度は定年退職した宮崎さんに嘱託社員として戻ってきてもらってとりあえずはな。後任は改めてじっくり探すよ。初音は、どうする?」


「ドイツで本格的にピアニストとしての仕事をしていきたいと思ってる。マーシャの元で勉強を続けるわ。
お父さん、お母さん。私のことは心配しないでね。大丈夫だから。
出会わなければよかったとも思ったけど、涼との邂逅がなければ、私のピアニストとしての道はなかった。彼には感謝してる」




今でも、涼のことは好きだ。
胸が焦がれるほどの熱情はなくても、わずかな思い出の中の笑顔だけで、充分満たされるほどの愛情は残っている。
それだけでいい。それだけで彼を思い出に変えよう。終わったことだ。いつまでも引きずらない。
もう、戻ってはこない人だから。


初音はふと、外を見た。

初音の心に呼応して、景色が色を失ったようだ。

丹下家の庭が見渡せる大きな窓の外。よく手入れがされた植栽に小鳥が止まっている。小鳥はしばらくチョンチョンと枝の上を移動したかと思ったら、勢いよく空に向かって飛びたっていった。
その姿は、夢に向かって飛びたった涼の姿と重なる。


雲ひとつない輝くように澄み切った空も、今の初音にはモノクロにしか見えない。そんな空に、小鳥の姿はまるで溶けるように見えなくなった…




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