エチュード〜さよなら、青い鳥〜
父という存在
2年後。
「何と言われてもイヤなものはイヤだ」
「ヘンリーがマーシャがいいって直々にご指名してきたのよ」
「ハインリヒの奴、ちょっと有名になったからってこの私を指名するなんて。断ってちょうだいよ、ディアナ」
「でも…ヘンリーならマーシャの癖も熟知してるし、最高の演奏が出来るはずよ」
元夫で指揮者のヘンリー・クラウスからの指名が気に入らないと、演奏の依頼に顔をしかめるマーシャと、依頼を受けたいクラウゼ教授はここ数日、ずっと平行線だった。
そこへ。
「まーちゃ、いたい?」
マーシャのスカートの裾がツンと引っ張られた。
「おー、スズネ、心配してくれたの?大丈夫よ、痛くない!スズネは、なんてお利口さんなのかしら!」
マーシャは軽々と幼な子を抱き上げる。満面の笑みのマーシャに、クラウゼ教授は小さなため息をついた。
「私の息子が生まれた時なんて、興味も示さなかったのに」
「だってご覧よ、スズネは本当に天使みたいだ。それに、自分だってオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)だなんて呼ばせてるくせに」
「だって、呼ばれてみたかったんだもの。
さ、スズネ、そろそろおねむでしょ?オーマのところにいらっしゃい。マーシャ、子守歌を弾いて」
マーシャの腕の中で眠そうな涼音(スズネ)。
眠気に勝てず、ぐずりかけた涼音をマーシャから受け取って、クラウゼ教授は慣れた手つきで横抱きにする。それからゆっくり揺らしてやれば、コトン、と眠ってしまう。