エチュード〜さよなら、青い鳥〜
演奏していたマーシャにとっても、最高に幸せな時間だった。
若かりし頃には、彼がこれほどの指揮者になるとは思いもしなかった。恐らくは血の滲むような努力があったのだろう。
これ以上ないほど大きな拍手の中、マーシャとクラウゼ教授がヘンリーと握手をした。
ヘンリーは満足そうな笑みを浮かべて、マーシャの耳元に唇を寄せた。
ーーキミはやっぱり僕にとって最高のピアニストだよ。キミと共演できて、幸せだ。
マーシャ。ディアナを頼む。誰より愛しい私たちの自慢の娘だ。
「当たり前だろ」
マーシャは口元に不敵な笑みを浮かべ、ヘンリーに小さくつぶやく。それから観客席の方を向いて深々と頭を下げ、クラウゼ教授と共に舞台を降りた。
二人を見送ってから、ヘンリーも恭しく頭を下げてオーケストラを紹介してから舞台を降りた。
拍手は鳴り止まない。通常ならば、拍手にこたえてマーシャとクラウゼ教授、ヘンリーももう一度現れて、観客に挨拶をするはずだ。
だが。
ヘンリーは、なかなか現れない。
観客はアンコール演奏を期待して、拍手を続ける。