エチュード〜さよなら、青い鳥〜
時は少し戻る。



「いやぁ、素晴らしかった!つい、聞き惚れてしまいました。日本人の女の子に、こんな凄いピアニストがいたなんて」


渡辺が『マゼッパ』を聴いて興奮気味に言った。

院内放送担当だったはずの渡辺と涼は、『マゼッパ』の演奏が始まった頃から、居ても立っても居られなくなった。放送機器が正常に作動していることを確認して、機器のある部屋を出て会場へと移動していた。


最初の音から釘付けになるほど心惹かれる演奏。涼は耳を澄ましながら、初音の横顔を見つめた。


以前の彼女は『マゼッパ』を、ひたすら指を酷使して、ピアノを壊す勢いでただ荒れ狂うように弾いていた。それが、これほど“聴かせる”作品になっている。


ーーやはり、君はすごいな、初音。


弾き終えた初音は立ち上がり、頭を下げて退場していった。最後に誰かに向かって手を振る。

涼は、初音の視線の先の最前列に、まさかのヘンリー・クラウスと、マーシャ・アルジェリーナの姿を見つけた。。世界の頂点にいる音楽家がこんなところにいるなんて、ここにいる他の観客には知るよしもない。
ヘンリーは、病院の検査着を着て車椅子に座っている。入院しているのだろう。

マーシャは、孫だろうか、幼な子をその腕に抱いている。観客の拍手に合わせて、その小さな女の子も懸命に拍手する姿が愛らしい。


そんな彼らに笑いかけてから、初音は立ち上がり、頭を下げて退場していった。





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