エチュード〜さよなら、青い鳥〜
「この子の名前、涼に音ですずね、と読むの。
大きくなって父親のことが気になったとしても、父親と繋がりみたいなものを感じて欲しくて、涼の名前を使わせてもらったの。勝手に、ごめん」


涼音の名前に、自分の名前が入っている。
その事実がたまらなくうれしい。
一方的に別れを決めて去っていったのだ、初音には憎まれていると思っていた。だが、少なくとも、憎い男の名前を愛娘の名前に入れるはずはない。


「いや、俺の名前を入れてくれてありがとう。
君を自由にする為に別れたはずなのに、結局苦労をかけてしまった、すまない」

涼にはあの時、別れて全てをイチから始めることしか頭になかった。それが最善だと思っていた。


「イヤだ、苦労なんてしていないわ。
マーシャとクラウゼ教授がいてくれたから。
マーシャが、子供を産んで育てることも良い経験だと、背中を押してくれた。二人がたっぷり愛情を注いでくれてる。
だから、大丈夫よ、涼」

初音は、涼音に手を差し出す。
涼音は涼の腕を飛び出すように、ぴょんと初音にしがみついた。

「存在を知っていてくれたらそれでいい。いつか涼音が父親を知りたいと思う歳になったら、会ってくれたらうれしい。
戸籍の件はさっき話した通りよ。もし、不明なことがあれば一条のおば様が、涼のおじい様に相談するようにって。涼のおじい様、一条の顧問弁護士も務めていた立派な方なんだってね」


涼は、軽くなった手を見つめた。涼音の温もりがみるみる冷めていく。だが、涼音の重さも温もりも、鮮明に残っていた。


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