エチュード〜さよなら、青い鳥〜
グランドピアノは、鳥の形に似ていると涼音が言った。なるほどと思う。大きく艶やかな黒い鳥だ。
初音は今日も、この黒い鳥で理想とする最高の幸せを探す。
ショパンのエチュード作品10第3番ホ長調。
彼が一番好きだと言っていた『別れの曲』。
限りなく美しく切ないエチュード。
かつて、その美しい旋律は思い出とリンクして、深い悲しみや別れをまとい、初音を苦しめた。
追えば追うほどに、理想は遠のく。限界も感じていた。
だが、別れを知った。深い哀しみを知った。
もがき苦しみながら哀しみの向こうに、希望を見つけた。涼音の存在は、希望だ。そして今は、二人の距離を近づける希望でもある。
「聴くに耐えない」と酷評されたこの曲を、初音は今日も弾く。
規則正しく並ぶ鍵盤。その中の一つ。
ドイツ語でH(ハー)。ドレミ音階でいえばシ。
ーー最初のこの一音で、今日も私は私を超える。
『父親になる』と、人生を左右する大切なことを、場当たり的に決めてしまったけれど、本当に頑張ってくれている。涼音を受け入れて、愛してくれてありがとう。
真面目で、優しいがゆえに押しに弱くて、理想は高くて、ピアノをこよなく愛している人。
私の周りにいる、父や一条のおじ様と違い、完璧とはいえない人。
だけど私はやっぱりあなたがいい。ずっと一緒にいたい。
…好きよ。あなたに、愛されたい。
涼、私のことをピアニスト『四辻初音』としてだけではなく、ひとりの女性として、見て。