エチュード〜さよなら、青い鳥〜
マーシャもハインリヒも、初音の奏でるエチュードに耳を傾ける。
切なく甘いその旋律に、ハインリヒは思わず傍らのマーシャの肩を優しく抱いた。珍しくマーシャもハインリヒに体を寄せて、初音が作るピアノの世界にひたすら浸った。


一方、涼は、電話を切りその場に立ち尽くす。


ーー初音?


繊細な、どこまでも澄んだ美しい音色に見え隠れする感情。
それは、もしかしたら『愛』というやつかもしれないとふと思う。
愛されているなんて、思い上がってもいいものだろうか。


涼は、心の震えを抑えきれない。
他の女性に付け入る隙を与えたり、自分の夢の為に手放したり。初音には本当に悪いことをしたと思っている。だから、これからの人生をかけて、誠心誠意彼女に尽くす。それが、涼に出来る愛情の形だ。

彼女に愛されることは諦めていた。彼女にしてみれば涼は『過去』。だから、側に居られるだけでいいと自分の気持ちを抑えていた。



「初音」



いつものように、すぐにエチュード10-4を続けようとした初音の腕を掴んだ。


「甘い余韻に浸らせてよ。君に愛されていると勘違いしてるだけで、幸せな気分だから」


「涼は、いつも寄り添っていてくれた。ピアニストとしての今があるのは、涼のおかげよ。ありがとう。
でもね、私は私を超えたいの。幸せは自分で塗り替えて、あなたといつでも最高の幸せを分かち合いたいの。
勘違い?冗談じゃないわ。これが私の本気よ」


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