エチュード〜さよなら、青い鳥〜
「それにしても初音、『偶然は2回まで』なんて、めちゃくちゃカッコいいなぁ。誰かの受け売り?」

会議室を出ると、広宗が初音に尋ねた。

「そんなの決まってるでしょ。一条のおじ様よ」

「あ、やっぱり?先輩が言いそうな言葉だって思ったよ。俺も今度使おっと」

一条というのは、広宗の学生時代からの先輩。日本経済の中枢を担う一条グループ総帥一条拓人のことだ。広宗にとって一条は誰よりも尊敬する人物。困った時に一番に相談する相手。
それは、初音にとっても同じ。
一条は昔から初音を我が子と同じように可愛がってくれて、応援してくれた。大好きで尊敬してやまない人だった。

そんな他愛のない話をしながら、広宗は本社ビルの入り口まで見送ってくれた。



「…大丈夫かい、初音」


別れ際にちらっと見せた父親としての心配そうな顔。初音は小さくうなづいて見せた。


「うん。もう、決めたから。
コンクールに出て、ピアノにけじめをつけるのも良いかなって。諦めもつけやすいし。
前々からちょっと考えてはいたんだけど、背中を押してもらってやっと決心ついた」


やはり、初音に自信はない。最初から、賞を取るつもりなどない。ただ、参加することに意味を見出そうとしている。


ーー本気になれば、絶対誰にも負けないはずだよ。初音、自分を信じて、強くなれ。


すでに、何度かそう応援した。だが、それは父親が言ったところで、初音には響かない。
広宗は、去っていく娘の背中に届かぬエールを送った。


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