エチュード〜さよなら、青い鳥〜
四辻は、ピアノの練習というものを初めて目の当たりにした。
同じ小節を何度も繰り返す。繰り返し繰り返し、ただひたすらにピアノを弾く。自分の納得のいく音を探す作業は、驚くほど地味だ。
真っ直ぐにピアノに向き合い、ベートーヴェンの思いを探り、共鳴しながら、彼女にしか奏でられない一曲に仕上げていく様子を、四辻は飽きることなく見守った。
やはり、今まで付き合ってきた女性とは、明らかに違う。今夜、男として誘われたなんて、馬鹿なことを考えた自分が恥ずかしくなる。
本当にただ純粋に四辻にピアノを聴かせたいと思ってくれていただけだった。
ピアノと真摯に向き合う初音の姿に、忘れていた感情が生まれようとしている。
そう、これは、『好き』という感情だ。
惹かれてもいいものだろうか。住む世界も違う。歳だって七歳ほど下で、おまけにまだ学生だ。
いや、もう手遅れか。惹かれずにいられようか。
あの“革命のエチュード”を聴いた時から、彼女から目が離せない。あの曲だってサラッと弾いてくれたが、きっと努力の賜物なのだろう。