エチュード〜さよなら、青い鳥〜
お腹がぐうっと鳴った。
初音は、フゥと息をついて我に帰る。部屋の壁の時計はもうすぐ11時を指そうとしていた。
ーーとりあえず、何か食べようか。
初音は部屋の電気を消し、ピアノ室を後にしようとした。
「…ん」
人の気配がする。
父か母が、またピアノに熱中し過ぎる初音を心配して、部屋に居てくれたのだろうか。
両親がいるなら必ず座る、ピアノの後ろの椅子を見た。
月の光に淡く浮かび上がる姿に、息をのむ。
四辻だ。
手にスマホを持ったまま、椅子に体を沈めるように眠っていた。
最初に通して聴いてもらって、感想を聞かせてくれた。
それでとっくに帰ったと思っていた。まさか、練習に付き合ってくれているなんて思わなかった。退屈だっただろうに。
初音はそっと四辻に歩み寄り、その寝顔を覗き込んだ。
顔は、好みだ。真面目そうで、あまり笑顔を見せないのに、ピアノを聴かせるとそれは嬉しそうな表情を浮かべる。
それに、なんだろう。ここにいてくれただけで、無性に嬉しくて、ほっとする。
この人は、純粋に初音の奏でる音を褒めてくれるから。
好きだ。
胸がドキンと、弾けるように高鳴る。
四辻の姿を見ているだけで、息が苦しくなる。
好きだ。
まだ、たった三回しか会っていないし、父の会社の社員で、歳もたぶん離れている。
だけど、恋愛対象として、好きになっている。