エチュード〜さよなら、青い鳥〜
恐怖に押し潰されそうになって、思わずスマホで四辻の名前をタップしてしまった。電話は、ワンコールすら呼び出すこともなく、すぐに繋がった。
『…もしもし?』
四辻の声で、極限まで張り詰めていた心にわずかな安堵を覚えた。だが、怖いと素直には言えない。言葉にしてしまったら、ここまで保ってきた矜持が脆く崩れてしまいそうだ。
「今、仕事中、ですよね、すみません」
そう告げた初音の声はわずかに震えていた。
『怖い?』
「…!」
いきなり核心を突かれて、初音はグッと息をのむ。
『余計なことは考えなくていい。
ただ、ベートーヴェンのことを思えばいい。
ベートーヴェンの若き才能に、経済的な援助と精神的にも支えたヴァルトシュタイン伯爵に捧げた曲。
音楽家の命でもある聴力が衰えゆくなか、新しいピアノで新たな希望を見いだし、不安と闘いながらも素晴らしい音楽の世界を作り上げた、彼はまさに楽聖。
さぁ、ベートーヴェンと一緒に、奏でておいで。きらめくような珠玉の一曲を』