エチュード〜さよなら、青い鳥〜
「あ、こんなところにいた。初音!」
ピアノを弾き終えて、控え室に戻ろうとしていたところに聞き慣れた父の声がした。
予選は見に行かないと言っていた父が、廊下の向こうから歩いてくる。
しかも、一人じゃない。
「一条のおじ様⁈」
「久しぶりだな、初音」
父と一緒だったのは“世界の一条”と称される、日本経済の中枢を担う一条グループ総帥一条拓人。父の学生時代からの先輩で、生まれた時から初音を可愛がってくれる。
毎日分刻みのスケジュールをこなして、多忙な一条が、ピアノコンクールの一次予選に来ているとは思いもしなかった。
初音はあまりに嬉しくて一条に駆け寄ると、思わず抱きついた。
「来てくれたの?」
「丹下から、初音が久しぶりにコンクールに出るって聞いてね。やっと初音のピアノが聴けた。待ってたよ。
最高のベートーヴェンだった。
素晴らしかったよ」
「お父さん、聞いた?一条のおじ様に褒められた。嬉しい!おじ様忙しいのにありがとう」