エチュード〜さよなら、青い鳥〜
そのとき、出場者全ての演奏が終わったと、館内アナウンスが流れる。

「二次審査は、予定があって来れないんだ。
だから、本選だな。いぶきと花音も連れていくよ。初音のピアノを聴きたがってる。今日は来れなくて悔しがってたからな」

いぶきは一条の妻で弁護士をしている。花音は初音の弟と同級生の幼馴染で、初音のことを姉のように慕ってくれている。

「まだ予選通過するかもわからないのに。
いぶきおば様と花音と一緒にうちに遊びに来て?いつでも弾くわ」

「あの演奏で、お前が予選通過しなきゃ、全員予選落ちだ。
丹下の家じゃなく、音響設備の整った大きなホールで聴くのがいいんだ。
最高だったぞ、今日のベートーヴェン。いぶきも花音も羨ましがるだろうな。
じゃあ、初音、本選で。
丹下、行くぞ。本社ビルまで送ってやる」

「待って下さい、先輩。せめて予選の結果聞いて喜んでから…」

「初音は大丈夫だ。それよりさっきからお前のスマホ、鳴りっぱなしじゃないか。会社からだろ?
行くぞ」

「仕方ない。初音、お疲れさん」


一条と父の姿が遠ざかる。

しばらくして父が中庭に回り、祖父と合流した様子がガラス越しに見えた。祖父はベンチから立ち上がって、初音に手を振っている。




「お疲れ様」


不意に後ろから声をかけられた。
振り返らなくてもわかる。四辻の声だ。


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