エチュード〜さよなら、青い鳥〜
ショパンのエチュード イ短調 Op.25-11 。原題はWinter Wind、日本では『木枯らし』という名で知られる。難易度が非常に高い曲だ。


冒頭、嵐の前の静けさを思わせるような、厳かとしたテーマの後、左手は重く響く和音で旋律を、右手は高速で激しく下行していく。その後も上下に行ったり来たりと、手の動きたるや、すさまじい。
その音が表現するのは、まさに冷たく乾いた風音を鳴らして吹き荒ぶ木枯らし。落葉は舞い、木の枝はしなる。人々は外套の襟を押さえ、木枯らしに髪を乱されながら、強い風と寒さに耐える。
そんな情景が浮かぶようだ。



背負いかけたリュックを手にしたまま、大輔は結局、四分ほどのこの曲を聴き入ってしまった。


「俺の弾く『木枯らし』と、違いすぎる…。マジでスゲェ」

「大輔!バイトは⁉︎」

大輔がまだ居たことに、初音は驚く。

「あっ!やばい!でも聴けてよかった。初音の演奏が耳から離れないよ!
最高にハッピーな気分。バイト頑張れそう。
じゃな、初音!頑張れよ!」


大輔の背負った青いリュックには、大きな鳥の羽根がデザインされていた。大輔がお気に入りのショップのものだ。
見慣れたその青い羽根のデザインが、大輔の言葉と共に、今日はやけに脳裏に残る。


ピアノで幸せを共有できたことがうれしい。どんな褒め言葉よりうれしい。
初音の目指す音楽は、そこだから。

高校生の時のように敵ばかりじゃない。
今は、応援してくれる友達もいる。
ピアノで、もっと多くの人と幸せな時間を共有したいから。

ーー空を飛ぶ鳥のように、ピアノの音も自由に遠くまで響かせよう。

初音は、再びピアノに向かった。





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