魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
 シェルダさん率いる即席パーティの私たちは、順調に二十階層にまで下りてきた。
 空気中の魔力が濃く、一般人なら息苦しくてすぐに帰りたくなるような空気が漂っている。

「ユズ、つらくないか?」

 休憩中、ウィル様が私を気遣ってくれた。剣の手入れをする彼は、紺色の髪に少し返り血がついている。私はそれを魔法できれいにして、にっこり笑った。

「大丈夫ですよ。今のところ素材収集しかやってませんし」

 シェルダさんとウィル様がいて、魔導士のおじさんもいる。そしてリクアまでが前衛に出てしまったのだ、私に回ってくる魔物なんてほとんどいない。(のり)の素材になるホワイトスライムを捕まえて、地面から出ている鉱石を削って、薬草を採取したくらいだ。

 今だって、かばんからパンや飲み物を出して皆に配っただけで、見張りも魔導士のおじさんが任せろといってさっさと陣取ってしまった。

「それにしても、迷宮にいる魔物って多いんですね。これって普通なんですか?」

 私は気になっていたことをシェルダさんに尋ねてみた。
 彼は木のカップに入った水を飲み干すと、「いや」と首を振る。

「いつも以上に多いな。異常なレベルではないが」

「ケガをして引き返す冒険者も多いよな。中層階にはもう三組くらいしかいないんじゃないか?」

 リクアがそう言ってパンをかじる。袖がほつれたローブには、土がついているのが見えた。

「まだ進みますよね?」

「あぁ、そうしたい。野営して、明日の夕方には一度戻ろう」

 シェルダさんの意見に従い、私たちはもう少し進んだ先の二十二階層で野営することにした。




 二十二階層は、極端に魔物の数が少ないことで知られるいわば休憩スポット。
 私たちはテントを用意し、魔物除けの薬を撒いて野営の準備をする。

「スープでも作ろっかな」

 地面に石を組んで鍋を用意し、魔法で水を出して湯を沸かす。最初からお湯を出してもいいんだけれど、火に鍋をかけて沸かした方がおいしそうだからここは水から。

「こんなところがあるんだな」

 ウィル様が私の隣にやってきて、器用に野菜と干し肉を短剣でカットして鍋に入れてくれた。ハクの手伝いをしているから、だんだんと料理の腕が上がっているのだ。

 調味料の粉を入れると、私は鍋を木べらでかき混ぜて味見をする。
 うん、おいしい。やっぱり温かいものはいいなぁと思って器によそっていく。

 食べ終わると、一度テントの中に入って着替えてからシェルダさんたちのところに駆け寄った。

「どうしたんですか?」

 私は、周囲の確認をしていたシェルダさんや魔導士のおじさんに声をかける。

「いや、何となく。前に来たときと様子が変わっているなと思って」

「様子?」

 辺りを見回すけれど、ここに初めてきた私とウィル様には違和感がわからない。
 魔力を使って周辺を探知しても、魔物が潜んでいる気配はなかった。

「気のせいならいいんだ」

 シェルダさんはそう言って笑った。

「なぁ、ユズ!」

「え?」

 そのとき、背後からリクアの声がして私は振り返った。でも目の前に現れたのはリクアではなく、1メートルほどある毛むくじゃらの蜘蛛だった。

「ひぎゃぁぁぁ!!」

「ユズリハ!」

――ガンッ!

 私は思わず銀杖(ぎんじょう)を振り回し、バランスを崩してウィル様ごと壁にぶつかってしまう。
 リクアはおもしろそうにクツクツと笑っている。

 子供なの!?こんないたずらをするなんて、子供っぽいにもほどがある!

「ごめんなさいウィル様、大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない」

 私の背中を支えてくれているウィル様を見ると、特にケガはないみたいで安心した。
 が、その瞬間。
 足下から紫色の光が溢れ出す。

「っ!?」

「なんだ!?」

 気づいたときにはもう遅い。
 壁に激突したことで、迷宮内の罠が発動したのだ。

「ユズ!ウィル!」

 シェルダさんが手を伸ばしたのが見えたけれど、間に合わなかった。
 私とウィル様は、一瞬にして二十八階層まで転送されてしまっていた……


***


――ピチャンッ……ピチャンッ……

 水が滴り落ちる音がして、私は目を覚ました。
 妙に明るい石造りの部屋。
 足下にはいくつも水たまりがあり、天井から雨漏りしている。

「ユズリハ、気が付いたか」

 顔を上げると、ウィル様がいた。私は、地面に座るウィル様の腕に抱きかかえられていた。

「っ!?」

 慌てて離れると、床に落ちていた銀杖(ぎんじょう)を手にして心を落ち着ける。
 起きてすぐに目の前にウィル様がいるなんて、心臓に悪すぎる!
 ドキドキしすぎて、また気絶するかと思った。

「どうやら別の階層に飛ばされたらしい」

 冷静な声。ウィル様は立ち上がって部屋の中を見回す。
 何もない宝物庫といった印象の部屋は、すでに誰かが入って中身を持ち去ったのだろう。錆びた剣の柄や麻袋の端切れなどが床に落ちている。

「私どれくらい眠っていました?」

「五分ほど」

 よかった、飛ばされてまだそんなに時間が経っていない。時間制限のある罠だったら、その可能性もあるので早く脱出したい。

「ウィル様、とにかく脱出手段を……」

 そう言って私も立ち上がったとき、奥に見えていた二つの扉のうち一つがギギギと音を立てて開くのが見えた。

「「え?」」

――ガァァァァ……!

 そこから出てきたのは、剣と盾を持った骸骨戦士(スケルトン)。しかも団体さんで!

「ユズ、下がって!」

 ウィル様がすぐに剣を構える。でもあまりに数が多いから、これは魔法で殲滅した方がよさそうだ。

「いったん広域魔法で弾き飛ばします!こぼれたのをお願いします!」

「わかった!」

 私は銀杖(ぎんじょう)を前に出し、こちらにやってくるスケルトンに向ける。

「精霊たちに告ぐ、我の道を塞ぐもの、雷槍で消し去れ!」

 私が呪文を唱えると、無数の雷の槍が上部に出現し、それは一斉にスケルトンめがけて落ちていく。
 一瞬で半分以上のスケルトンがただの骨と化し、バラバラとその場に崩れ落ちた。

「ウィル様!やっちゃってください!」

 残ったスケルトンが私たちに向かってくるのを、ウィル様がどんどん薙ぎ倒していく。斬れないから剣で叩くか、突いて魔石を砕くかしないと彼らは倒れないが、ウィル様は素早い身のこなしで次々に敵を斬っていった。

 私も魔法で援護し、すぐに敵は残り数体になる。

――キィンッ!!

「っ!」

「ウィル様!」

 長剣が折れ、地面に刃が突き刺さる。ウィル様は一歩下がり、腰に着けていた短剣に持ち変えた。このままでは分が悪い。
 私は魔法でウィル様の長剣を元に戻し、それを強化する。

「ユズ!」

「え?」

 剣に気を取られていて、半分になった(むくろ)でまだ動いていたスケルトンに気づくのが遅れてしまった。

 詠唱する時間はない。

「ひっ……!」

 その仄暗い、目があった部分を見て私は顔が引き攣る。
 そして、全魔力を銀杖(ぎんじょう)に注ぎ、おもいきりぶん殴った。

「いやぁぁぁ!!」

――ドォォォォン!

 スケルトンは吹き飛んで、二十メートル以上先の壁に激突した。壁に埋め込まれてしまって、もうその姿は見えない。

「あ……」

 やってしまった。恐る恐るウィル様を見ると、唖然としている。
 ついにバレた。私が物理攻撃もできるということが……!

 優雅でスマートな銀杖(ぎんじょう)の魔女のイメージを保てなかった。

 ウィル様はすぐに残りのスケルトンを倒し、死屍累々の部屋で勝者となる。

 死んだ。スケルトンたちと共に、私のイメージも死んだ。

「ユズ」

「えっと……これは」

 あああ、ウィル様の目が見られない。
 暴力的な魔女だと思われた?私は銀杖(ぎんじょう)とウィル様の長い剣を抱き締め、おろおろしてしまった。

 近づいてくるウィル様の足音が聞こえる。
 ちらりと上目遣いに見れば、私をじいっと見つめるきれいな顔があった。

 そして、なぜか彼は噴き出した。

「ぷっ……」

「え?」

「そんな顔しなくても……!大丈夫だ、ユズ。気づいていた。ユズが戦えるってことくらい」

「どういうことですか!?」

 思わず詰め寄ると、ウィル様は私の手から自分の剣を受け取って(スキャバード)に仕舞う。
 なんで?いつバレてたの?いつからバレてたの!?

 うわぁ、バレていたのに隠してたんだ私ってば!
 顔が熱い。ものすごく恥ずかしい!

 ウィル様はクツクツと笑いながら、私の頭を撫でた。

「ごめん、取りこぼして」

「い、いえ、そんなことよりもいつから気づいていたんですか!?」

「俺がギルドで昇級試験を受けたときだったか。あのとき、見学していたユズリハのところに大きめの石が飛んでいっただろう?」

 え、そんなことあったっけ。
 首をひねっても記憶にまったくない。

「あのとき、ユズは無意識だったんだろうけれど銀杖(ぎんじょう)で石を弾き飛ばしたんだ。普通の人間ならあんな速度で石が飛んで来たら避けられないし、まして誰もいない場所を狙って弾くことなんてできないさ」

「う、嘘ぉ……!」

 そんなに早くからバレてたの!?愕然としてしまう。

 ウィル様は私の髪を撫で、頬に触れて笑った。

「別にいいのでは?(たくま)しいのはいいことだ」

 心が広い!

「いいんですか?屈強な戦士よりも腕っぷしが強い女でも……?」

 ここでもし「別に恋人じゃないから関係ない」とか言われたらショック死しそうだけれど、ウィル様は穏やかな顔で笑った。

「あぁ、ユズリハはユズリハだから」

「えええ」

「気になったのは、その銀杖(ぎんじょう)って折れないんだなということくらいか」

「そこ!?」

 目を丸くする私を見て、ウィル様はまた笑いだしてしまった。

「それに俺は、万が一ユズが冥界に行ってしまったら追いかけていけないから。強い方が命の危険が少なくていい」

「ウィル様……!」

 あぁ、嫌われなくてよかった。乱暴者だと思われなくてよかった!

「私、これからは前衛も務めます……!がんばります!」

「いや、ユズ。それはさすがに」

 ホッとした私は、この屍だらけの部屋に散らばる魔石を魔法で回収し、革のかばんに収納した。
 そして、野営先に描いていた魔法陣と同じものをこの部屋に描き、シェルダさんたちのところに転移しようとする。

 ポケットから白い液体のインクを取り出すと、コルクで出来たフタを開ける。液体だったそれは、さらさらと砂のように細かい粒子に変わり、銀杖(ぎんじょう)の先端に吸い込まれていく。

「不思議なものだな」

 ウィル様は感心した声を上げた。

「そうですね。とても便利だからありがたいですけれど」

 私は話しつつも、すぐに地面に魔法陣を描いていく。
 五分もかからずに一メートルくらいの魔法陣を描き終えると、その中心に私とウィル様は二人で立った。

「それでは、シェルダさんたちのところにしゅっぱーつ!」

 銀杖(ぎんじょう)を立て、魔力を流し込むと、魔法陣が白く淡い光を帯びて輝きだす。ふわりと風が巻き起こり、私たちは一瞬にして二十二階へと転移していた。

そして、戻って最初に見た光景は、温厚で大人なシェルダさんに胸倉をつかみ上げられて叱られているリクアの姿だった。




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