魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
「おはようございます!」

 ログハウスの玄関に、早朝から明るい声が響く。
 リビングで朝食を摂っていた私たち三人は、その声を聞くのがもう日常になりつつあった。

 リクアが聖樹の森に通うようになり、数週間が経つ。彼は飽きもせずほぼ毎日ここに来て、聖樹の森で狩りをしたり、ウィル様と手合わせをしたり、迷宮探索や素材集めに精を出している。

 ウィル様への警戒心は薄れているようで、今ではすっかり兄と弟のようになってしまった。

「ウィル!今日こそ絶対に一本取るからな!!」

「やってみろ」

 庭で剣を構える二人の姿は見慣れたもので、私は薬づくりの後片付けをしながらそれを眺める。
 剣がぶつかり合う高い音が心地よく、つい二人の模擬戦を見てぼんやりすることも。

「いいなぁ」

 リクアはもともと人懐っこい性格だ。ウィル様になんであんなに敵対していたかは知らないけれど、この状態が普通と言えば普通なんだ。

 自然に親しくなっていく二人を見ると、ついヤキモチを妬いてしまう。
 私ももっとウィル様に構って欲しい……!
 リクアが毎日のように来るから、私とウィル様の二人きりの時間が経ったような気がする。

「はっ……!ダメだダメだ、笑って、楽しく!私は銀杖(ぎんじょう)の魔女」

 リクア相手に無駄なヤキモチを妬いている場合ではない。ウィル様とは男同士の友情を育んでくれればそれでいいじゃないか。

 ちょっと自分がウィル様に構ってもらえないからって、不満に思ったり妬んだりしてはいけない!

 深呼吸して、冷たい水の中に手を突っ込み、使用済みの陶器の器をごしごしと指でこすった。
 よく考えたら魔法で洗浄すればいいんだけれど、しばらくそれに気づかずに無心で陶器をこすり続ける私だった。




 ところがある日、迷宮に行ったウィル様とリクアがいつもより早く戻ってきた。
 一階の倉庫にいた私は、玄関でドサッという大きな音がしたので気になってそちらに移動する。

「リクア!?」

 そこには、水浸しのウィル様と血だらけのリクアがいた。ドサッという大きな音は、リクアが倒れた音だったのだ。

 駆け寄って状態を確認すると、血はほとんど返り血。
 ただしこめかみのあたりが切れていて、顔や頬についている赤いものはリクアの血だった。

「どうしたの!?」

 とにかく奥へ、と私が言うと、ウィル様は再びリクアに肩を貸し、一階にある私の錬成室へと移動する。

「二十五階層で古竜同士の争いがあって、その巻き添えになった他の冒険者が罠にかかったんだ。そのせいで魔法消去(マジックキャンセル)が発動して」

「魔法が使えなくなったのね」

 迷宮には、すべての魔法を無力化するスキルを持った古竜がたまに出現する。
 魔導士や錬金術士は基本的に魔法に特化した職業だから、魔法が封じられると分が悪い。

「リクアには下がれと言ったんだが、間に合わず古竜の尾が頭を掠めて……」

 聞くだけでゾッとした。頭に直撃していたら、こんな傷では済まないはずだ。防御効果のある懐中時計は二人に渡してあるけれど、直撃していたら命が危なかったかもしれない。

 私は話を聞きつつ、桶に魔法でお湯を出してタオルを浸す。
 そして、ベッドに寝かせたリクアの顔を拭い、傷口を消毒する。

「傷自体は浅いから大丈夫。返り血が多くて驚いちゃった」

 体力の消耗は激しいけれど、少し休んだらそれも回復するだろう。
 私は自分で調合した薬を棚から取り、それらを混ぜてカップに入れて湯で溶かした。

「ウィル様も後でこれを飲んでね。感染症なんかになったら心配だから」

「わかった。いったん部屋で着替えてくる。リクアを任せてすまないな」

「ううん、大丈夫」

 パタンと扉が閉まり、錬成室にはリクアと私だけになった。

「まったくこんなに返り血を浴びても浄化しないなんて、男の人って汚いものへの耐性がありすぎるわ」

 だいたい土や誇りと違って、魔物の血には毒の作用が混ざっていることもあるのに。
 私は、リクアの顔や首、手など露出している部分をすべてきれいにした。手のかかる弟みたいだ。

「ごめん……ユズ」

 痛みで顔を引き攣らせ、リクアは言った。

「魔法が使えなくなったら、すぐに下がらなきゃダメでしょう?ウィル様なら古竜くらい倒せるから」

 古竜は硬い表皮が特徴の二メートルサイズの竜だけれど、それほど賢くないのでウィル様なら討伐はむずかしくない。リクアだって冷静になっていればこんなケガはしなかったはずだ。

「あれ、もう起きていいの?」

「……」

 リクアはベッドの上にむくりと起き上がり、立っていた私の方を向いて座る。
 正面からその顔を見ると、細かい傷はついていた。左のこめかみには、私が張りつけた止血用の白い布。赤い血が染みている。

「まだ血が止まっていないのに」

 こめかみの布に触れようとすると、その手をパッと掴まれた。

「何?傷口をつついたりしないよ」

 けが人を痛めつけようなんてそんな気持ちはない。
 なのにリクアは真顔でじっと私を見ていた。

「リクア?」

 顔が近い。一体どうしたんだろう。
 訝しむ私に、リクアははぁっとため息をついて言った。

「何も思わない?」

「顔が近いな、とは思ってる。あと、手を放して欲しいとも」

「そういうことじゃなくて」

 じゃあ何なんだろう。血が止まったなら、薬を塗り込んで処置したいのに。
 静まり返った部屋で、消毒液の匂いが鼻につく。

「早く処置しないと痕が残るよ?血が止まったんならコレ替えるから」

 いくら顔の端っことはいえ、傷なんて残らない方がいい。
 私はリクアのこめかみにある白い布に手を伸ばした。

 でもその手が届くことはなく、なぜかリクアは私の肩に顔を埋めた。

「はぁ…………」

「どうしたの?」

 怖かったのか、と思って背をさすると、彼は嘆くような声を漏らした。

「結局ウィルに助けてもらって、まだまだ(かな)わない。すぐに追いつけると思ったのに」

 リクアはめずらしく落ち込んでいるみたい。

「錬金術士なんだから、それでいいんだよ」

 素材狩りの勉強のために、剣を学んでいるはずだ。迷宮を踏破できるほどの力を求めているわけじゃないはずなのに。

 窓から吹く風がカーテンを揺らし、リクアの髪もそよそよと揺れる。

「なぁ、ユズ」

「ん?」

 話しながらも彼のこめかみの布を取ろうと、私は手を動かす。が、すぐに捕まえられて、手を握りこまれた。

「ちょっと……」

 リクアの様子がおかしいと思った私は、彼の肩に手をついて体を離す。

 私たちの距離は、わずか十センチほど。リクアが初めて見るような真剣な目をしていた。

「リクア?」

「ユズ。もしもこの先、俺がウィルに勝ったら、俺と」

 しかしリクアが言葉を言い終える前に、錬成室の扉が開いた。

 ――バタンッ

「「っ!」」

 部屋に入ってきたのは、着替えたウィル様だった。

「リクア?ユズ?」

 息がかかる距離にいる私たちを見て、ウィル様は目を丸くした。

「あ……ウィル様」

 何となく気まずくなり、私は慌ててリクアから離れる。
 しかし右手はとられたままで、必死で手を引っ張るけれど放してもらえない。

「放して」

「やだ」

 わがまま!?
 じとっとした目をリクアに向けると、彼はにやりと笑って言った。

「ユズに看病してもらうから」

「は?」

 ケガなんてもう止血が済んだら薬を塗り込むだけだ。看病も何もない。

 手を振り払おうともがいていると、リクアは楽しそうに笑う。
 こんなくだらないことで身体強化を使うのは何だか(しゃく)だけれど、普通の状態で私がリクアに勝てるわけはなく……

「冗談はいい加減にして!」

 でも、諦めて手に魔力を篭めだしたそのとき。
 私の肩がぐいっと引かれ、長い腕が首元に回された。

「え?」

 少し振り向きながら見上げると、そこにはウィル様がいた。いつも優しい笑顔の彼が、ムッとした表情で不機嫌さを露わにしている。ウィル様は私を右腕一本で捕まえて、リクアを睨んでいた。

「ウィル様?」

「ウィル……?」

 リクアも驚いていて、私の手を解放した。
 部屋に沈黙が流れ、私たちはウィル様に注目する。

「……ケガ」

 いつもより低い声。

「ケガの治療中に、ふざけるのはダメだ」

 絞り出したような声が、至極まともな言葉を放つ。

「ユズ、リクアには薬を塗ればいいのか?どれ?」

「え?あ、これ」

 私はウィル様から離れ、窓際のカウンターの上に置いてあった軟膏を手渡した。

「あとは俺がやるから、パンやスープの用意を頼める?」

「ウィル様がやるの?」

 驚いて尋ねるが、彼はもう軟膏のふたを開けて、リクアのこめかみの布を剥ぎ取った。

「イテッ!」

「すまない」

「……ウィル怒ってる?」

「いや?」

 笑顔のウィル様だけれど、何となくその笑顔が恐ろしい。リクアがちょっと怯えている。

「ユズ、よろしくな」

 振り返ったウィル様にそう言われ、私はためらいつつも食事の準備のために部屋を後にした。

 窓から明るい光が差し込む廊下。
 扉を閉めた錬成室を、名残惜しく見つめる私。

 私だって……

 私だって……

 私だってウィル様に手当されたい!

 リクア、ずるい。

 あぁ、冥王様。私のヤキモチが止まりません。


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