魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!

 この世界に魔女はたくさんいるけれど、聖樹の森に住んでいて「銀杖(ぎんじょう)の魔女」と呼ばれる魔女の始祖の末裔は私だけ。

 代々受け継がれてきた1メートルほどの銀色の杖は、私たち一族が聖樹の森を守る者であるという証。
 私は母亡き後、おばあちゃんに育てられてこの杖を受け継いだ。

 銀杖(ぎんじょう)の魔女は、一人で魔物が倒せるほど強い。
 国家権力のもとにあらず、独立した唯一無二の存在である。

 でも、さすがに死者の魂を自由にできる権限はない。

「ウィル様が死んでるなんて……」

 冥界の門の前。
 がっくりと肩を落とす私は、魔女ではなく一人の女の子として絶望していた。

 やっと、やっと修業を終えて初恋の人に会えると思ったらお亡くなりでしたなんてひどすぎない!?

「なんでこんなことに」

 10年前、あれは私の7歳の誕生日だった。聖樹の森にひとりの王子様と美しいお妃様がやってきた。

 お妃様はアストロン王国の正妃様で、私の祖母がつくる薬に頼らないと生きられない身体だった。

 祖母は薬を調合し、魔法陣を描いたベッドや衣服を提供し、お妃様の回復に全力を尽くした。

 その頃、母を亡くしたばかりだった私は、3歳年上の男の子という遊び相手ができたことが何よりの心のよりどころだった。

 滞在期間は一か月ほどだったと思う。
 二人が国へ戻ってしまうときは、私は大泣きして馬車を追いかけた。

 遠ざかっていく馬車の窓、身を乗り出したウィル様は叫んだ。

『絶対また来るからな!!』

 あれから10年。彼は3つ上だったから、もう20歳になっている。
 いや、亡くなったときに何歳だったかわからないから正確な年齢すら不明だ。

 ずっと会いたかった。
 ずっと想っていた。

「このまま諦めるなんて絶対にイヤ!」

 私は決意して立ち上がると、冥界の門をくぐり冥王様の下へ急いだ。


 冥王様がいるのは、冥界にある塔の中でもっとも大きな中央殿。
 まるでおとぎ話の魔王城みたいに真っ黒で恐ろしい外観は、冥王様の趣味だという。

 私は銀杖(ぎんじょう)に跨り、その5階のテラスにそっと降り立った。

「冥王様!」

 執務室に突撃した私は、書机でちゃっちゃと書類仕事をこなしている美しい人に声をかける。

「あぁ、ユズリハか。今日は何用だ?」

 ツヤツヤの黒髪を右側でゆるく一つに結び、黒い一枚布に金糸で刺繍を施した前合わせの衣を着ているのが冥王様。教会の神官と似た用な服装だ。

 冥王様は笑顔を私に向けるけれど、その手元は見えないくらいの速度で紙が左から右に飛んでいっている。魂の転生を許可する書類にサインをしているのだ。

 ここ冥界には、たくさんの魂が集まってくる。

 その色が白に近いほど純真な魂で、色がついていても淡い色であれば天国行きである。私もここで商売をするまでは知らなかったのだが、生前やったことが何であれ、魂が穢れていなければその人魂の色は淡い。

 たとえば、同族を何百人殺しても、家族や国を守るため己の信念に基づいて生をまっとうした者は魂が穢れることはないらしい。逆にいうと、虫や動物を自分の戯れで殺めた者なんかは人魂の色が濃い。

 すべてはその者の心次第、と冥王様はかつて笑って話してくれた。

 人は死ぬと冥界ルールに基づいて、その魂の色で振り分けられる。
 色ですべてが決まるんだから、懺悔する必要はないしそんな余地もない。それぞれの色に応じて決められた扉をくぐるだけ。

 もしウィル様が死んでしまっていて、その扉をまだくぐっていないのなら生き返らせるチャンスはある。

 やたらとツルツルした床を滑らないように気をつけながら、私は冥王様のそばに走り寄った。

「今日はお仕事で来たんじゃないんです!ウィル様……ウィルグラン・レイガードという人族の男性を探しています!」

 縋る目でそう尋ねると、冥王様はその手を止めた。

「あぁ、あいつか」

「ご存知なのですか!?」

 やけに早い反応に、思わず前のめりになる。

「もう2年前だったか、エデン行きか転生のどちらにするか選ばせてやろうと思ったのだが」

「2年!?」

 そんなに経ってたんだ……。私は絶望で言葉を失った。
 でも冥王様は驚きの事実を口にする。

「まだやりのこしたことがあるのだと言い張って、ずっと冥界に居座っている」

「…………え?」

 居座る?そんなことができるの?
 呆気にとられる私を見て、冥王様は机に肘をつきながら笑った。

「もう相手にするのも面倒でな。ユズリハ、知り合いなら連れて帰れ」

「いいんですか!?」

 まさかの許可!頼んでいないのに許可が出た!

 私はコクコクと激しく頷いて、冥王様に尋ねた。

「ウィル様はどこに!?」

 すると冥王様の補佐官である、エルフっぽい美丈夫・カルマ様が奥の扉を指差した。

「あちらですよ。エデン前の広場にずっととどまっておいでです。最上階への鍵は開けておきますから、ご自由にどうぞ」

「ありがとうございます!」

 お礼を言って走り出そうとする私を、冥王様が呼び止めた。

「待て、ユズリハ。連れて帰るなら肉体がいるだろう?工場(エターナル)であまった種をもらい、聖樹で育ててから帰るがいい。その銀杖(ぎんじょう)があればすぐにたどり着けるだろう」

「何から何まで……ありがとうございます!」

「よい。こんなところまで好いた男を迎えにくる者はおらんからな。おもしろい余興だ」

 冥王様は、私がウィル様を好きだってことを見抜いていた。まぁ、そうでもなければこんなに必死に探さないか。

 ふふっと笑いが漏れる。

「いってきます!」

「「いってらっしゃーい」」

 冥王様と補佐官さんに手を振って、私はエデン前の広場に向かった。
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