魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
「ウィル様っ!」
長い階段を駆け上がり、途中でめんどうになって銀杖に跨って飛んで上がった。この先に彼がいる、そう思ったら一分一秒でも早く会いたかった。
冥王様が神力を送ってくれたので、目の前にある扉が次々に開いていく。
「ウィル様!ウィル様、どこですか!」
淡い光の差し込む草原。冥界の屋上に到着した私は、銀杖からサッと飛び降りてあたりを見回す。薄緑の草が足下に茂るここは、エデンに向かう前の魂が集まる場所。
白い魂たちは、ここで遊んでからエデンへ向かい、そこでまた遊んでから転生する。が、選択権はあくまで魂にあるので、遊ばずにすぐ転生する人もいる。
『ねぇ、遊ぼう?』
子どもの魂が私に話しかけてきた。でも私はウィル様を探すのに必死だった。
「ごめんね、今は用事があって急いでいるの。ねぇ、あなたたちウィル様を知らない?」
『知らな~い』
ふわふわと漂う魂たち。表情もないのに楽しそうに舞っているのがわかる。
淡い光がそこら中に浮いていて、神秘的な雰囲気だ。
「ウィル様!」
私は彼の名前を呼びながら、それらしき魂がないか注意深く見ながら駆け足で進んでいった。
そして、しばらくやみくもに走っていると、聖樹の枝で出来たエデン行きの看板の下に、たったひとりで微動だにしない魂を見つけた。
私はそっと近づき、その魂の前に立つ。
『誰だ』
低い男の人の声。私の知っているウィル様の声ではなかった。
白い光と向かい合った私は、なぜだかこれが彼だと確信を抱く。
「ウィル様ですか?」
『……そうだ』
いた。
ようやく会えた。
魂になっちゃって顔も姿もわからないけれど、確かにここにウィル様はいた。
涙がじわりとこみ上げ、深呼吸して必死にそれを抑える。
「ウィル様。迎えに来ました」
感極まってそう伝えると、彼はじりじりと離れだす。
あれ?何で逃げるの?
私は一歩足を進め、彼に迫る。
「あの、大丈夫です。私、怪しくないです!」
『怪しくないという者はだいたい怪しい。私は絶対にエデンには行かないからな!それに転生もしない!』
かなり警戒している。2年も膠着状態だったのだ、仕方ないといえば仕方ないんだけれど……
「ユズです!ユズリハです!魂を誘拐したりしません、魂マニアでもないです!10年ぶりなのでわからないかもしれませんが、聖樹の森のユズリハです!」
逃げられてはたまらない。私は必死で捲し立てた。
『ユズ、リハ?』
ウィル様の動きがぴたりと止まる。
思い出そうとしているその反応に、私は期待を込めて見つめた。
『魔女、か?』
正解!私はうれしさのあまり、抱き枕のごとくウィル様の魂をぎゅうっと抱きしめた。
「ウィル様!会いたかったです!」
『やめてくれ!つぶれる!』
狼狽えるウィル様だけれど、魂に形なんてないからつぶれることはない。私は心ゆくまでしがみつき、スリスリしてその温かさに浸った。
「はぁ……まさかこんな日が来ようとは思わなかったです」
『あの小さかったユズリハに抱き締められるとは……』
なんだかウィル様がショックを受けている。今は三十センチくらいの光の玉でしかないから、私より小さいのは当たり前なんだけれど、声が明らかに落ち込んでいた。
私はそっとウィル様を放し、これからのことを説明する。
「冥王様が、ウィル様を連れて帰っていいって言ってくださったんです!一緒に帰りましょう!」
『帰る……?』
彼の魂が揺らめく。
「はい!今から肉体を取りに行って、聖樹の幹でそれを成長させて、一緒に魔法陣で帰るんです!」
帰りは、私がいつも仕事で使っている魔法陣で帰ればいい。二人くらいなら余裕で移動できる。
ウィル様は声を震わせた。
『肉体……?帰る……?』
あ、身体について説明した方がいいかな。でもそれだってウィル様の元の身体ではないし……私が沈黙していると、ウィル様は言った。
『私の肉体に戻れるか?』
「……えーっと」
少しの間、私たちの間には無言の時間があった。草原を、柔らかな風が吹き抜けていく。「それはできない」そう言うのは簡単だけれど、私が押し付けるのではなく、できればウィル様に選んでほしかった。
ええ、たとえばどうしても元の身体がいいって言われたら、禁忌を犯して肉体再生の魔法陣を描いてやろうじゃないの。寿命が二十年くらいは減るかもしれないけれど、ウィル様のためなら仕方ない。
ドキドキしながら返答を待っていると、ふわふわと左右に揺れた彼は言った。
『いや、今さら私が戻っても混乱するだけだ。別の肉体を用意してもらえるんだろうか?』
よかった。私の寿命は守られた。左手に銀杖を握った私は、ウィル様に右手を差し出す。
「わかりました。これから肉体の種をもらいに行きます。一緒に行きましょう」
生前のプライドか、まだ少しためらったウィル様だったけれど、諦めてすいっと手のひらの上に載ってくれた。
『ユズリハ、この礼はいずれ』
まだ何も解決していないのに、そんなことを言うウィル様に私はつい笑ってしまった。
「それは高くつきますよ?私、世界一の魔女ですから」
顔は見えないけれど、ウィル様も笑った気がした。
『それでも、だ。この恩は必ず返す』
生きていてくれるだけでよかったんだけれどな。その言葉を飲み込んで、私は銀杖に跨り、ウィル様をお腹の前に載せた。
「それでは、肉体の種をもらいにしゅっぱーつ!」
目指すは、竜人くんの待つ再生工場。
草原を抜け、湖を抜けて私たちは空の旅を楽しんだ。