魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
 魔法陣から巻き起こっていた風がぴたりと止まり、目を開けるとそこは見慣れた我が家の一室。
 濃茶色の床には、いつだったか陶器を落としたときについた凹みがある。

 そこは、いつも冥界と行き来している転移魔法陣がある部屋だった。

「ふぅ……」

 住み慣れた我が家に気が緩む。
 どっと疲れを感じ、左腕の重みに気づく。ウィル様の肉体を抱えているからだ。魔女は強いとはいえ、腕力はさほどない。成人男性を支えるのはつらい。

 今、ウィル様は人魂の状態ではなくなっている。
 こちらの世界についた途端、新しい肉体へと吸い込まれていった。

「ウィル様」

 そっと床に寝かせると、紺色の髪がさらりと流れる。

「きれいな顔……」

 どういうわけか、常識離れした美男子ができあがっている。

「この顔って」

 理由はなんとなくわかった。

 魔力を注いだとき、私の中にあったウィル様への過剰なキラキライメージが反映されたのだろう。思い出は美化されるというけれど、さすがにこの美男子はやりすぎたのではないだろうか。

 でも、幼い頃のウィル様にちょっと似ている。本人が鏡を見たらどう思うだろう。似てるのかな、以前の顔つきと。
 まだしばらくウィル様は起きそうにない。魂が肉体に馴染むまでは、眠ったままになるだろう。私もちょっと休憩しなければ。

 眠るウィル様の隣に座り込んでいると、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 ――バタンッ!

 勝手に開くはずの扉を手で押し開けたのは、相棒のハクだった。
 白銀色の美しい髪がめずらしく乱れていて、よほど慌てて走って来たのだとわかる。

「ユズ!無事だったんだね……って、うわ!」

 床に仰向けに倒れ、死んだように眠っているウィル様を見てハクが驚きの声を上げた。
 気持ちはわかるけれど、お化けを見たみたいなリアクションしなくても……

 そしてハクは私とウィル様を見比べて、おそるおそる尋ねた。

「え、誘拐してきたの?」

 失礼な。私は半眼でハクを見上げる。

「ちゃんと本人と冥王様の許可を取ってきた。誘拐なんてしないよ」

「え?冥王様?」

 私はハクに、ウィル様と再会したときのことを話した。ハクの口元が引き攣っているのは気のせいじゃない。

「よく連れ帰ってこられたね」

 獣人のハクは力持ちだ。ウィル様をさっと抱き上げると、隣の部屋のベッドに運んでくれた。私は毛布を持ってきて、彼にそれをかける。

「私が魔法陣で飛んでから、どれくらい時間が経ってる?」

 こっちと冥界では時間の流れが違う。

「15分くらいかな」

 いつもは1~2分で帰ってくるから、今回はかなり長居したことになる。ウィル様はこっちの時間で2年間冥界にいたんだから、実際にはもっともっと長い時間に思えただろう。

「向こうでは、8時間くらいだった」

 私がそういうと、ハクはぎょっと目を瞠った。
 なぜなら、普通の人間が冥界で過ごすとそれだけで大量の魔力を消費してしまうからだ。

「大丈夫なの!?」

 あぁ、目がかすむ。私は答える元気もなく、ふらふらとベッドに腰かけると、そのままウィル様の隣に倒れ込んだ。

「ちょっと寝させて……!もう限界」

「ユズ、せめて自分の部屋で寝ようよ。ねぇ、ユズってば」

 だんだんとハクの声が遠くなる。私はウィル様の肩を枕にして、すぐに眠りに落ちていった。



 ◆◆◆



 明るい光、誰かの喋り声。
 うっすらと瞼を開けると、天井が目に入ったがすぐにまた眠りそうになる。

「では、ユズリハはあなたと2人でここに住んでいたのか?」

「そう。ベルガモット様が世界を放浪するって言って出て行ったのは2年前かな、それ以来はずっと2人きり」

 ハクの声はすぐにわかった。ベルガモットは祖母の名前だ。
 もう一人は誰だろう。男の人の低い声。私が眠っているすぐ隣に座っているのかな。

 私は目を閉じたまま、うつらうつらして2人の会話を聞いていた。

「調子はどう?新しい身体、人族にしては丈夫そうだね」

「あぁ、ユズリハがそうしてくれたんだ」

「そっか。2年も経ってたら、前の身体にはどうやったって戻れないからね。早く新しい身体がなじむように、5日後から訓練を始めようね」

「……戻れなかったのか?ユズリハは、選べるようなことを言っていたが」

 あぁ、ウィル様かこの声。ようやくこの時点で意識がはっきりしてきて、二人の会話を理解できてきた。

「ユズ、そんな風に言ったの?」

「あぁ」

「死んでからせめて24時間かな、前の身体に戻れるのは。それも、その身体が焼かれていないことが前提だね。ユズは多分、君が前の身体じゃないと嫌だって言ったら禁忌を犯してでも身体を再生したと思うけれど」

 ご名答。さすがはハク、私のことがよくわかってる。

「ユズは君に選択肢を持たせたかったんだと思うな。人は、選ばなかったことは後悔するから」

「なぜ、ユズリハはそこまで私のことを」

「それは本人に聞いてみたら?これからのことも含めて、話をしないといけないし」

 ハクは多分、私が起きたことに気づいている。ウィル様はどうか知らないけれど、わざと話を逸らしてくれたんだって思った。

「私はユズリハにどう報いればいいのだろうか」

 あ、ウィル様。そんな深刻なトーンやめてほしいな。私はただ自分のしたいようにしただけだから。今すぐ起きようかどうか迷っていると、ハクが笑いながら明るく言った。

「いいよいいよ、そんな真剣に考えなくて!魔女一家は、自分たちが好きなように生きる家系なんだ~。多分これから振り回されるから、その迷惑料だとでも思っておけば?」

 ひどい言われようだ。
 確かにおばあちゃんも、お母さんも自由に好きなことをして生きていたけれど……私も!?
 なるべく迷惑はかけないようにしよう、そう思った。

「ねぇ、胃を慣らすためにも水だけじゃなくて軽い食事にしようか!スープとかオートミールとか、身体づくりは今日からやっていかないとね」

「世話をかける」

「いいよ、子どもが増えたみたいなものだから」

「子ども」

「さ、一階に降りよう。立てる?」

「あぁ、多分大丈夫だ」

 ギシッとベッドが軋む音がして、私の身体にもう1枚毛布がかけられた。
 2人は部屋を出て、ゆっくりと階段を下りていく。一歩一歩足を進めるぎこちない音が耳に届く。

「ウィル様……本当にここにいるんだ」

 好きな人が、私の家にいる。冥界で再会したことのインパクトが強すぎて、イマイチ実感が湧かない。
 私はのろのろと起き上がり、ベッドの上に座る。
 膝を立ててそこに顔を埋めると、毛布から自分以外の人の匂いがした。

 どうしよう。
 なんだか妙に照れる。

 ハクは家族だから何も感じないけれど、ウィル様がこの部屋にいたんだって思うと今さらながらドキドキした。

 人魂のときは「再会した!」っていう実感が湧かなかったけれど、こうして体温や匂いを感じるといよいよ本当にウィル様がいるんだって認識させられる。

「しっかりご挨拶しなきゃ……!」

 毛布を抱き締めベッドの上を転がりまくった私は、数分後にようやく正気を取り戻して身だしなみを整えるのだった。
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