魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
聖樹の森の朝は早い。
畑に水を撒き、薬草を摘みに出かけるところから1日が始まる。
「ウィル様、ついてきて大丈夫なの?」
私のそばには、自分も行くと言ってついたきたウィル様がいる。今日は休息日ってハクに言われたのに、本人はじっとしているつもりはないみたい。
「早く身体を動かしたいんだ。手伝わせてほしい」
「それは助かるけれど……」
何より、ウィル様の手に籠がある。私が持つと言っても返してもらえなかったので、手伝ってもらうしかない。
足下の草には朝露がキラキラと光っていて、涼しくて過ごしやすい朝。土を踏みしめる細やかな音は二人分だ。
「手足が動き、息ができることがこれほどうれしいものだとは知らなかった」
穏やかな笑みを浮かべるウィル様は、木漏れ日に目を細めた。
2日前まで魂だったんだから、普通のことが何もかもうれしく思えるんだろう。
「ふふっ、これから何がしたいですか?行きたいところとか、食べたい物とか、ウィル様が望むことを叶えたいです」
あまりに幸せそうな顔をするから、私も笑みがこぼれる。
冥界から解放されたウィル様にもっともっと笑って欲しいと思った。
「そうだな。狩りがしたい」
「狩り?」
いきなりそうくるとは。目を瞬かせていると、ウィル様は笑った。
「狩りをすれば、肉や毛皮が手に入るだろう?少しでも生活の役に立って、ユズリハに恩返しがしたい」
「うっ……!」
どこまでもまっすぐで、瞳がきれいなウィル様。微笑まれると、聖職者が放つ聖域結界くらいの浄化力がある。
でもこれは困った。今もずっときらきらした瞳で見つめてくるウィル様。これでは恩人と拾い子だ。
「恩なんて今すぐ忘れて欲しいんですけれど」
「それはできない。今俺がこうしていられるのはユズリハのおかげだから」
まじめだなぁ、もう。
むぅと膨れる私を見てウィル様は優しい目をする。
「ウィル様、狩りに行くなら体力をつけて魔法も覚えないといけませんね」
「あぁ、すぐにでも励もう」
励んじゃだめだって。
ゆっくり休んでおかないと、肉体が悲鳴を上げてからじゃ遅い。
なにせウィル様は生まれたてなんだから。
歩くこと十分。聖樹の森にある小川のほとりに私たちはやってきた。
「ここで、こういう丸い葉の草を採取してほしいです」
私は両手の指を合わせて、ハート形を作る。カタバミやクローバーに似ているけれど、これは聖樹の森にしかない薬草だった。
手本として近くに咲いていた白い花と葉をプチッとちぎる。
「これです。白い五枚の花びらで、丸い葉がわさわさっとついている草」
「わかった」
ウィル様は足下の草をよく見て、手際よく集め始める。私はほかの薬草や花を集め、彼が持ってくれている籠に入れていった。
「これは何に使うんだ?」
手を動かしたままウィル様が尋ねる。
「虫よけとかゆみ止め。それから除草剤にもにおい消しとして入れたり、香水に入れたり、けっこういろんなものに使えて便利なの」
「へぇ、そんなものがあるのか。どれくらい集める?」
「籠にいっぱいになればおしまい。これは二~三日でまた増えるから、取りつくすことなんてないから大丈夫」
私たちが薬草や花を摘んでいると、地面からポコッとかわいい動物が顔を出す。
「ユズリハ、なんだ?この生き物は?」
「うさぎモグラ。モグラと生体は同じだけれど、地上でも生活できるの。昔は食べる魔女もいたらしいです」
愛らしい目でこっちを見ているうさぎモグラは、茶色いウサギが土から出てきたようにしか見えない。
これを食べるってなかなかの気合が必要だ。文献には鶏肉のような味がすると書いてあるけれど、私は確かめる気が起こらず一度も食べたことはなかった。
「ここはおもしろいな」
森を見回したウィル様は、あたりを飛んでいる蜂に似た何かを見て不思議そうに言った。
「危険な動物はいないので、そこは安心かなぁ。熊も三十センチくらいの草食熊だから、出会っても逃げなくて大丈夫」
「それはぜひ会いたいな」
ウィル様の手は土で汚れている。王子様だからこういうの嫌がるかとちょっと心配だったのに、まったく気にしないようだ。
じっと見ていると私の考えがわかったのか、ウィル様が自分の手を見て笑った。
「王族らしくないだろう?アストロン王国は小国だし、王子だって騎士団の遠征に参加する。国境までいくと身分なんてほとんど関係なく、上官にしごかれるんだ」
「王子様なのに!?」
お城でのんびり暮らしているんじゃないんだ。
「国を率いるには武力がいる、と亡き父上が。でも実際には騎士団の訓練についていけるのは俺だけで、弟二人は剣がそれほど得意ではなかった」
「では、弟さんは学問を?」
「あぁ、二人は早々に騎士団での訓練は諦めたな。すぐ下の弟はまだ剣もそれほど悪くなかったが、末の弟なんて魔術の方が合っていて、部屋で色々やっていたよ」
懐かしそうに家族の話をするウィル様。もう会えないことを嘆いているようには見えないけれど、淋しさは伝わってきた。
「国に戻りたいって、思いますか?」
その言葉に、ウィル様はこちらを振り向いた。そして、俯いて静かにかぶりを振る。
「戻ったところで、俺がしてやれることはないだろう。自分がなぜ死ななくてはいけなかったか知りたい気持ちはある。でももう、終わったことだから」
ひんやりとした風が通り抜け、紺色の髪がさらさらと揺れた。
籠いっぱいに入った薬草に視線を落とし、私は言った。
「そろそろ帰りましょうか、うちに」
「あぁ」
いつの日か、あの家をウィル様が自分の家だと思ってくれる日が来たらいいのに。そんな風に思った。
家に戻ると、ハクが朝食の用意をしてくれていた。
私たちが眠っている間、ソーセージや干し肉を作ってくれていたんだとか。
「…………」
「ユズ?どうかした?」
ニコニコ顔のハク。
これは何のお肉で作ったのかしら、と気になったけれど聞くのは憚られた。私の脳裏にはさっき会ったばかりのうさぎモグラの愛らしい姿が浮かぶ。
「何でもない、いただきます!」
チーズと茹でたソーセージをパンに挟み、その上から特製のソースをかける。
ウィル様にとっては初めての固形物で心配したけれど、「うまい」と言って勢いよく平らげた。
こんなに早く普通の食事がとれるなんて、丈夫な身体のようでよかった。
三人で囲む食卓は、にぎやかで楽しくて、こんな日がやってきたことに感動する。
食事の後は洗濯をして、ハクとウィル様は剣やナイフを研いで装備の確認をしていた。もう訓練の準備とは、励むと言ったウィル様の本気が伺える。
私は一階にある仕事部屋に篭り、取ってきた薬草を仕分けしたり魔法でムラなく乾燥させたり、薬づくりを始めた。
塗り薬にするには、植物から抽出した油と薬草のエキスを混ぜなくてはいけないから、すり潰した豆から油を抽出している間に薬草を魔法で切り刻んでいく。
「錬成、聖樹の雫、緑華草」
私の手からあふれ出した光と風が、水と葉を巻き込んでくるくると宙を舞い、薄緑色の液体へと変わる。
あとはこれを油と練り合わせたら軟膏のできあがりだ。
練るのも魔法でできるけれど、そこは手でやった方が魔力を温存できるからと祖母には習った。
――コンコン
油を皿に移していると、ウィル様が部屋に入ってきた。
「俺に何か手伝えることはないか?」
「ええっ、休養は?」
「それはユズリハもだろう」
いや、私はもう元気なので休まないといけないようなことはない。
「何かしたいんだ。ユズリハのために」
そう言ってウィル様は私のそばにやってくる。キラキラとした瞳で見つめられたら、だめとはいえない。
なんだか懐かれている?
そんな気がしないでもないけれど、もうこの際だから、色々と覚えてもらうのもいいかもしれない。
「では、魔法陣を描いてみますか?」
「描けるのか?」
「ええ、簡単なものであれば」
私は引き出しの中に入れてあった、厚めの羊皮紙を取り出して机に並べた。
畑に水を撒き、薬草を摘みに出かけるところから1日が始まる。
「ウィル様、ついてきて大丈夫なの?」
私のそばには、自分も行くと言ってついたきたウィル様がいる。今日は休息日ってハクに言われたのに、本人はじっとしているつもりはないみたい。
「早く身体を動かしたいんだ。手伝わせてほしい」
「それは助かるけれど……」
何より、ウィル様の手に籠がある。私が持つと言っても返してもらえなかったので、手伝ってもらうしかない。
足下の草には朝露がキラキラと光っていて、涼しくて過ごしやすい朝。土を踏みしめる細やかな音は二人分だ。
「手足が動き、息ができることがこれほどうれしいものだとは知らなかった」
穏やかな笑みを浮かべるウィル様は、木漏れ日に目を細めた。
2日前まで魂だったんだから、普通のことが何もかもうれしく思えるんだろう。
「ふふっ、これから何がしたいですか?行きたいところとか、食べたい物とか、ウィル様が望むことを叶えたいです」
あまりに幸せそうな顔をするから、私も笑みがこぼれる。
冥界から解放されたウィル様にもっともっと笑って欲しいと思った。
「そうだな。狩りがしたい」
「狩り?」
いきなりそうくるとは。目を瞬かせていると、ウィル様は笑った。
「狩りをすれば、肉や毛皮が手に入るだろう?少しでも生活の役に立って、ユズリハに恩返しがしたい」
「うっ……!」
どこまでもまっすぐで、瞳がきれいなウィル様。微笑まれると、聖職者が放つ聖域結界くらいの浄化力がある。
でもこれは困った。今もずっときらきらした瞳で見つめてくるウィル様。これでは恩人と拾い子だ。
「恩なんて今すぐ忘れて欲しいんですけれど」
「それはできない。今俺がこうしていられるのはユズリハのおかげだから」
まじめだなぁ、もう。
むぅと膨れる私を見てウィル様は優しい目をする。
「ウィル様、狩りに行くなら体力をつけて魔法も覚えないといけませんね」
「あぁ、すぐにでも励もう」
励んじゃだめだって。
ゆっくり休んでおかないと、肉体が悲鳴を上げてからじゃ遅い。
なにせウィル様は生まれたてなんだから。
歩くこと十分。聖樹の森にある小川のほとりに私たちはやってきた。
「ここで、こういう丸い葉の草を採取してほしいです」
私は両手の指を合わせて、ハート形を作る。カタバミやクローバーに似ているけれど、これは聖樹の森にしかない薬草だった。
手本として近くに咲いていた白い花と葉をプチッとちぎる。
「これです。白い五枚の花びらで、丸い葉がわさわさっとついている草」
「わかった」
ウィル様は足下の草をよく見て、手際よく集め始める。私はほかの薬草や花を集め、彼が持ってくれている籠に入れていった。
「これは何に使うんだ?」
手を動かしたままウィル様が尋ねる。
「虫よけとかゆみ止め。それから除草剤にもにおい消しとして入れたり、香水に入れたり、けっこういろんなものに使えて便利なの」
「へぇ、そんなものがあるのか。どれくらい集める?」
「籠にいっぱいになればおしまい。これは二~三日でまた増えるから、取りつくすことなんてないから大丈夫」
私たちが薬草や花を摘んでいると、地面からポコッとかわいい動物が顔を出す。
「ユズリハ、なんだ?この生き物は?」
「うさぎモグラ。モグラと生体は同じだけれど、地上でも生活できるの。昔は食べる魔女もいたらしいです」
愛らしい目でこっちを見ているうさぎモグラは、茶色いウサギが土から出てきたようにしか見えない。
これを食べるってなかなかの気合が必要だ。文献には鶏肉のような味がすると書いてあるけれど、私は確かめる気が起こらず一度も食べたことはなかった。
「ここはおもしろいな」
森を見回したウィル様は、あたりを飛んでいる蜂に似た何かを見て不思議そうに言った。
「危険な動物はいないので、そこは安心かなぁ。熊も三十センチくらいの草食熊だから、出会っても逃げなくて大丈夫」
「それはぜひ会いたいな」
ウィル様の手は土で汚れている。王子様だからこういうの嫌がるかとちょっと心配だったのに、まったく気にしないようだ。
じっと見ていると私の考えがわかったのか、ウィル様が自分の手を見て笑った。
「王族らしくないだろう?アストロン王国は小国だし、王子だって騎士団の遠征に参加する。国境までいくと身分なんてほとんど関係なく、上官にしごかれるんだ」
「王子様なのに!?」
お城でのんびり暮らしているんじゃないんだ。
「国を率いるには武力がいる、と亡き父上が。でも実際には騎士団の訓練についていけるのは俺だけで、弟二人は剣がそれほど得意ではなかった」
「では、弟さんは学問を?」
「あぁ、二人は早々に騎士団での訓練は諦めたな。すぐ下の弟はまだ剣もそれほど悪くなかったが、末の弟なんて魔術の方が合っていて、部屋で色々やっていたよ」
懐かしそうに家族の話をするウィル様。もう会えないことを嘆いているようには見えないけれど、淋しさは伝わってきた。
「国に戻りたいって、思いますか?」
その言葉に、ウィル様はこちらを振り向いた。そして、俯いて静かにかぶりを振る。
「戻ったところで、俺がしてやれることはないだろう。自分がなぜ死ななくてはいけなかったか知りたい気持ちはある。でももう、終わったことだから」
ひんやりとした風が通り抜け、紺色の髪がさらさらと揺れた。
籠いっぱいに入った薬草に視線を落とし、私は言った。
「そろそろ帰りましょうか、うちに」
「あぁ」
いつの日か、あの家をウィル様が自分の家だと思ってくれる日が来たらいいのに。そんな風に思った。
家に戻ると、ハクが朝食の用意をしてくれていた。
私たちが眠っている間、ソーセージや干し肉を作ってくれていたんだとか。
「…………」
「ユズ?どうかした?」
ニコニコ顔のハク。
これは何のお肉で作ったのかしら、と気になったけれど聞くのは憚られた。私の脳裏にはさっき会ったばかりのうさぎモグラの愛らしい姿が浮かぶ。
「何でもない、いただきます!」
チーズと茹でたソーセージをパンに挟み、その上から特製のソースをかける。
ウィル様にとっては初めての固形物で心配したけれど、「うまい」と言って勢いよく平らげた。
こんなに早く普通の食事がとれるなんて、丈夫な身体のようでよかった。
三人で囲む食卓は、にぎやかで楽しくて、こんな日がやってきたことに感動する。
食事の後は洗濯をして、ハクとウィル様は剣やナイフを研いで装備の確認をしていた。もう訓練の準備とは、励むと言ったウィル様の本気が伺える。
私は一階にある仕事部屋に篭り、取ってきた薬草を仕分けしたり魔法でムラなく乾燥させたり、薬づくりを始めた。
塗り薬にするには、植物から抽出した油と薬草のエキスを混ぜなくてはいけないから、すり潰した豆から油を抽出している間に薬草を魔法で切り刻んでいく。
「錬成、聖樹の雫、緑華草」
私の手からあふれ出した光と風が、水と葉を巻き込んでくるくると宙を舞い、薄緑色の液体へと変わる。
あとはこれを油と練り合わせたら軟膏のできあがりだ。
練るのも魔法でできるけれど、そこは手でやった方が魔力を温存できるからと祖母には習った。
――コンコン
油を皿に移していると、ウィル様が部屋に入ってきた。
「俺に何か手伝えることはないか?」
「ええっ、休養は?」
「それはユズリハもだろう」
いや、私はもう元気なので休まないといけないようなことはない。
「何かしたいんだ。ユズリハのために」
そう言ってウィル様は私のそばにやってくる。キラキラとした瞳で見つめられたら、だめとはいえない。
なんだか懐かれている?
そんな気がしないでもないけれど、もうこの際だから、色々と覚えてもらうのもいいかもしれない。
「では、魔法陣を描いてみますか?」
「描けるのか?」
「ええ、簡単なものであれば」
私は引き出しの中に入れてあった、厚めの羊皮紙を取り出して机に並べた。