魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
「これは?」
「巻物の魔法陣の練習に。羊皮紙だと描きにくいから、本番ではよりきれいに描けるんです」
書机の椅子にウィル様を座らせると、私は魔女の筆と特製インクの入った小さな壺を並べる。色とりどりのインクは、きれいなだけじゃなくてきちんと用途がある。
「朱色のものは、レッドドラゴンの血と聖樹の雫、ほかにも色々ブレンドしたインクです。これでなくても描けますが、使うインクによって魔法陣から放たれる攻撃力や防御力が高まったり、動作速度が上がったり、いろんな効果があるから」
ウィル様の手に筆を握らせた私は、毛先にインクをつける。手が大きいから筆が小さく見えてちょっと驚いた。
「インクは魔物の血液や樹液、砂や水なんかを混ぜて作ります。魔女それぞれにレシピがあって、私は母が遺してくれた研究を参考に作っていて……聖樹の雫は、年に一度この森に溢れる雨のようなものです」
私の話を真剣に聞いてくれるウィル様は、初めて見る魔法陣用のインクに興味津々だった。
「こんなもので描かれていたのか……」
「いえ、普通のインクでも描けますから、これは私たち魔女がつくる魔法陣ならではですね」
「魔物の一部を使うのなら、インクの素材だけでもかなり値が張るのではないか?」
「……」
これは言った方がいいんだろうか。「自分で狩っています」って。
言葉に詰まる私を、ウィル様はじっと見つめている。
あぁ、きらきらした瞳に引き込まれそう。本当にこの人は純粋な人なんだな。
私なんて、魔物を倒すほどの強い女だって知られたら嫌われるかなって、どうしたらウィル様に好きになってもらえるんだろうってそんな打算的なことばかり考えているのに。
「ユズ?」
「っ!」
初めてユズって愛称で呼ばれてドキリとした。
私は視線を逸らすと、壺に立ててあった別の筆を持ち見本を見せるためにインクをつけた。
「インクは手作りなので、素材はまぁ……入手します」
ウィル様はそれ以上深く追求しなかった。
「簡単なのは正円でつくる防御魔法陣かな。左右、上下対称の正円を描いて……」
慣れた手つきでくるんっと筆で描くと、インクがきらきらと輝きだす。魔力を篭めながら描くから、ただのインクのときよりも発色はよくなるのだ。
大量につくるときは特注したコンパスを使うこともあるけれど、なんか機械的で美しくないから私はあんまり好きじゃない。
「正円の魔法陣は、簡単なものだと四つのパーツからできています。基本的には、いつ誰が何をするかという指示と、魔力をどこから持ってくるかという指示で成り立っているんです」
さらさらと文字や記号を書くだけなんだけれど、ウィルは真剣な目で私の手元を見つめ、眉根を寄せる。もしかして一から始めるにはむずかしいのかな。
私はいつも通り、火・水・風・土魔法に対する防御効果を発動するよう、魔法陣を描いていく。
「ユズリハ、これは初心者にはかなりむずかしいな」
「やっぱり?」
私は物心つく前からやってきたから、できるかなって思ったけれど初見では無理みたいだった。
「あ、たとえばうちの扉って勝手に閉まるようになってるんだけれど、それは魔法陣にさっき説明したような指示を仕込んで描いているからなんです」
あれはけっこう簡単だ。シンプルな正円に外周に沿って文字だけが並んでいる魔法陣。
「この魔法陣の意味は、右上には『扉を元の位置に戻す』、右下には『扉が自分で動く』、左下には『魔石から魔力を吸い取る』、左上には『もしも扉が開けっ放しだったら』っていう指示を書き込んでいます」
さらさらと魔法陣を羊皮紙に描くと、ウィル様はさらに頭を抱えた。
「ちなみにこれはどこの文字?」
「古代ルーン文字です。私たちが話している言葉でも問題なく魔法陣は描けますが、古代ルーン文字の方だと文字数が少なくて美しいので!」
「ユズリハ、俺は古代ルーン文字を知らない。一般人というか魔女以外は知らないと思う」
「……それは予想外でした!」
魔女の常識と王子様の常識が完全に食い違っていた。
結局魔法陣はいきなり描けないということで、ウィル様の風魔法習得のために訓練をすることになる。
「訓練っていっても、加減の調節を学ぶだけですよ?」
訓練と聞いたらうれしそうな顔になったウィル様に忠告する。
王子様だった頃、魔法は一切使えなかったからとても興味があるみたい。
「魔力は自分の身体に流れる水みたいなもので、まずは手のひらに集中させて……」
ウィル様の胸の前で両手を上に向けさせて、私はそれに自分の手を重ね、彼の魔力を強制的にひっぱりだした。
「これが……」
ふわりと巻き起こった風は、私たちの前髪を揺らす。
「はい、これを練習してみてください」
「わかった」
自分の意志で魔法を使えるようになることから始めなくては、今は魔力だけはあるけれど内側でぐるぐる渦巻いている状態になってしまっている。
ウィル様の魔力に触れてわかったが、これはかなり魔力量が多い。
冒険者として経験を積めば、すぐに高位ランクになれるかもしれないと思った。
ウィル様は手のひらに意識を集中し、魔力を体内から放出する。きれいな風が繭のように作られていくのを見ると、やはり風魔法の相性がいいようだ。
「すごい!ウィル様できてる!」
思わずはしゃぐ私。すると彼は安堵したような笑みを浮かべた。
「よかった、俺にもできることがありそうだな」
しかしその瞬間、気が緩んだはずみで一気に風が強まった。目に見えるほど渦巻いた風の塊が出現する。カーテンがバタバタとはためき、紙が部屋を舞った。
「「うわっ!」」
ウィル様の手から風が轟々と音を立てて発生し、彼の身体の内側から魔力が放出されっぱなしになる。このままじゃまずい。そう思って止めようと手を伸ばしたが、一歩遅かった。
――ドォォォォン!
「きゃぁぁぁ!」
「うっ……!」
風の塊が天井に向かって飛び出し、木の板を突き破って空高く飛んでいった。二階の天井も突き破り、穴の開いた部分から青空が見えている。
私たちは床に座り込み、ぽかんと口を開けてそれを見上げる。
「……ユズ、大丈夫か?」
「はい、二人ともケガがなくてよかったですね」
おもいっきり天井には穴が開いているけども……
「ユズ!ウィル!何やったんだよ!?」
驚いたハクが飛び込んできて、ものすごい剣幕で叱られた。
「危ないから!まだウィルは身体と魂が馴染んでいないから危ないの!勝手なことをしたら休息日を伸ばすよ!?」
「「ごめんなさい」」
「ユズは天井を直して!ウィルはあっちの部屋で身体に異常がないか確認するよ!」
あぁ、王子様だった人が首根っこを掴まれて連れていかれてしまった。
ハクは私たちのことを子ども扱いしているから、お母さんモードで容赦ない。
ひとり残された部屋で、床に散らばった木屑を見て口元が引き攣る。
「ん?こんな本あったっけ……」
ふと気づけば、床に一冊の本、というより手帳のようなものが落ちていた。この部屋にあるものはすべて私の物だから、見覚えのないこの手帳は今しがた起こった事故によって上から落ちてきたものになる。
「おばあちゃんのかな、それともお母さん?」
手帳を手に首を傾げる。
しかしぼんやりしてはいられなかった。階下から、ハクが叫ぶ声が聞こえる。
「ユズー!あと三十分くらいで雨が降るよ!早く天井直して!!」
「はいっ!!」
私は慌てて風魔法で天井だった木片を集めた。
「巻物の魔法陣の練習に。羊皮紙だと描きにくいから、本番ではよりきれいに描けるんです」
書机の椅子にウィル様を座らせると、私は魔女の筆と特製インクの入った小さな壺を並べる。色とりどりのインクは、きれいなだけじゃなくてきちんと用途がある。
「朱色のものは、レッドドラゴンの血と聖樹の雫、ほかにも色々ブレンドしたインクです。これでなくても描けますが、使うインクによって魔法陣から放たれる攻撃力や防御力が高まったり、動作速度が上がったり、いろんな効果があるから」
ウィル様の手に筆を握らせた私は、毛先にインクをつける。手が大きいから筆が小さく見えてちょっと驚いた。
「インクは魔物の血液や樹液、砂や水なんかを混ぜて作ります。魔女それぞれにレシピがあって、私は母が遺してくれた研究を参考に作っていて……聖樹の雫は、年に一度この森に溢れる雨のようなものです」
私の話を真剣に聞いてくれるウィル様は、初めて見る魔法陣用のインクに興味津々だった。
「こんなもので描かれていたのか……」
「いえ、普通のインクでも描けますから、これは私たち魔女がつくる魔法陣ならではですね」
「魔物の一部を使うのなら、インクの素材だけでもかなり値が張るのではないか?」
「……」
これは言った方がいいんだろうか。「自分で狩っています」って。
言葉に詰まる私を、ウィル様はじっと見つめている。
あぁ、きらきらした瞳に引き込まれそう。本当にこの人は純粋な人なんだな。
私なんて、魔物を倒すほどの強い女だって知られたら嫌われるかなって、どうしたらウィル様に好きになってもらえるんだろうってそんな打算的なことばかり考えているのに。
「ユズ?」
「っ!」
初めてユズって愛称で呼ばれてドキリとした。
私は視線を逸らすと、壺に立ててあった別の筆を持ち見本を見せるためにインクをつけた。
「インクは手作りなので、素材はまぁ……入手します」
ウィル様はそれ以上深く追求しなかった。
「簡単なのは正円でつくる防御魔法陣かな。左右、上下対称の正円を描いて……」
慣れた手つきでくるんっと筆で描くと、インクがきらきらと輝きだす。魔力を篭めながら描くから、ただのインクのときよりも発色はよくなるのだ。
大量につくるときは特注したコンパスを使うこともあるけれど、なんか機械的で美しくないから私はあんまり好きじゃない。
「正円の魔法陣は、簡単なものだと四つのパーツからできています。基本的には、いつ誰が何をするかという指示と、魔力をどこから持ってくるかという指示で成り立っているんです」
さらさらと文字や記号を書くだけなんだけれど、ウィルは真剣な目で私の手元を見つめ、眉根を寄せる。もしかして一から始めるにはむずかしいのかな。
私はいつも通り、火・水・風・土魔法に対する防御効果を発動するよう、魔法陣を描いていく。
「ユズリハ、これは初心者にはかなりむずかしいな」
「やっぱり?」
私は物心つく前からやってきたから、できるかなって思ったけれど初見では無理みたいだった。
「あ、たとえばうちの扉って勝手に閉まるようになってるんだけれど、それは魔法陣にさっき説明したような指示を仕込んで描いているからなんです」
あれはけっこう簡単だ。シンプルな正円に外周に沿って文字だけが並んでいる魔法陣。
「この魔法陣の意味は、右上には『扉を元の位置に戻す』、右下には『扉が自分で動く』、左下には『魔石から魔力を吸い取る』、左上には『もしも扉が開けっ放しだったら』っていう指示を書き込んでいます」
さらさらと魔法陣を羊皮紙に描くと、ウィル様はさらに頭を抱えた。
「ちなみにこれはどこの文字?」
「古代ルーン文字です。私たちが話している言葉でも問題なく魔法陣は描けますが、古代ルーン文字の方だと文字数が少なくて美しいので!」
「ユズリハ、俺は古代ルーン文字を知らない。一般人というか魔女以外は知らないと思う」
「……それは予想外でした!」
魔女の常識と王子様の常識が完全に食い違っていた。
結局魔法陣はいきなり描けないということで、ウィル様の風魔法習得のために訓練をすることになる。
「訓練っていっても、加減の調節を学ぶだけですよ?」
訓練と聞いたらうれしそうな顔になったウィル様に忠告する。
王子様だった頃、魔法は一切使えなかったからとても興味があるみたい。
「魔力は自分の身体に流れる水みたいなもので、まずは手のひらに集中させて……」
ウィル様の胸の前で両手を上に向けさせて、私はそれに自分の手を重ね、彼の魔力を強制的にひっぱりだした。
「これが……」
ふわりと巻き起こった風は、私たちの前髪を揺らす。
「はい、これを練習してみてください」
「わかった」
自分の意志で魔法を使えるようになることから始めなくては、今は魔力だけはあるけれど内側でぐるぐる渦巻いている状態になってしまっている。
ウィル様の魔力に触れてわかったが、これはかなり魔力量が多い。
冒険者として経験を積めば、すぐに高位ランクになれるかもしれないと思った。
ウィル様は手のひらに意識を集中し、魔力を体内から放出する。きれいな風が繭のように作られていくのを見ると、やはり風魔法の相性がいいようだ。
「すごい!ウィル様できてる!」
思わずはしゃぐ私。すると彼は安堵したような笑みを浮かべた。
「よかった、俺にもできることがありそうだな」
しかしその瞬間、気が緩んだはずみで一気に風が強まった。目に見えるほど渦巻いた風の塊が出現する。カーテンがバタバタとはためき、紙が部屋を舞った。
「「うわっ!」」
ウィル様の手から風が轟々と音を立てて発生し、彼の身体の内側から魔力が放出されっぱなしになる。このままじゃまずい。そう思って止めようと手を伸ばしたが、一歩遅かった。
――ドォォォォン!
「きゃぁぁぁ!」
「うっ……!」
風の塊が天井に向かって飛び出し、木の板を突き破って空高く飛んでいった。二階の天井も突き破り、穴の開いた部分から青空が見えている。
私たちは床に座り込み、ぽかんと口を開けてそれを見上げる。
「……ユズ、大丈夫か?」
「はい、二人ともケガがなくてよかったですね」
おもいっきり天井には穴が開いているけども……
「ユズ!ウィル!何やったんだよ!?」
驚いたハクが飛び込んできて、ものすごい剣幕で叱られた。
「危ないから!まだウィルは身体と魂が馴染んでいないから危ないの!勝手なことをしたら休息日を伸ばすよ!?」
「「ごめんなさい」」
「ユズは天井を直して!ウィルはあっちの部屋で身体に異常がないか確認するよ!」
あぁ、王子様だった人が首根っこを掴まれて連れていかれてしまった。
ハクは私たちのことを子ども扱いしているから、お母さんモードで容赦ない。
ひとり残された部屋で、床に散らばった木屑を見て口元が引き攣る。
「ん?こんな本あったっけ……」
ふと気づけば、床に一冊の本、というより手帳のようなものが落ちていた。この部屋にあるものはすべて私の物だから、見覚えのないこの手帳は今しがた起こった事故によって上から落ちてきたものになる。
「おばあちゃんのかな、それともお母さん?」
手帳を手に首を傾げる。
しかしぼんやりしてはいられなかった。階下から、ハクが叫ぶ声が聞こえる。
「ユズー!あと三十分くらいで雨が降るよ!早く天井直して!!」
「はいっ!!」
私は慌てて風魔法で天井だった木片を集めた。