魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
 ウィル様は失敗を踏まえ、体力がついて心身ともに安定するまで魔法は禁止された。もちろん、禁止令を出したのはハク。我が家のヒエラルキーの頂点は彼なのだ。

「せっかく生き返ったのに、凡ミスで死んだら元も子もないよね?」

「「はい」」

「二人ともちょっと軽率だよ。そんなんじゃ命がいくつあっても足りないから。慎重に生活するように!」

「「はい」」

 顔は笑っているけれど、目がまったく笑っていない。怒ったハクは怖い。
 黒狼獣人は細身なのにそのパワーはすさまじく、怒るとオーラだけで壁が揺れる。私とウィル様は終始「ごめんなさい」と言って平謝りだった。

 そんな私たちを見て、豪快に笑うおじさんがリビングにいる。私が昔からお世話になっている商人さんだ。

「あははははは!王子様も形無しだな!」

「笑い事じゃないですよ、タマゾンさん……」

 お腹がぽこっと出たぽっちゃりおじさんのタマゾンさんは、商品の目利きもすごいが、こんな体型なのに実はけっこう強い。素手で熊を殴り倒せる武闘派だ。

「なんにせよ、ユズリハにモノを教わるのはやめた方がいい。嬢ちゃんは天才児だからな、親の教育もすごかったし」

 それは否定しません。
 歴代最高の魔女ですから。
 へらっと笑っていると、ハクから白い目を向けられた。家を壊したことがよほどだめだったらしい。

 リビングで談笑していると、ウィル様がスッと前に歩み出た。

「挨拶が遅れてしまったな。ウィルグランという」

「おぉ。これはご丁寧に!商人のタマゾンだ。人族と猫獣人のミックスだが、見た目も能力も完全に人族だよ」

 黄色味の強い金髪に丸い顔つきは猫っぽいんだけれど、この人を見て獣人を感じる人は多分いない。耳も尻尾も体毛もすべてが人族のそれなのだ。

「タマゾンさんはお父さんが人族で、お母さんが猫獣人なんですよね」

「あぁ。もう母親しかいねぇが、今度ウィルがうちに遊びに来たら紹介するよ」

 そう言って笑うタマゾンさんは、私に修業を終えたお祝いをくれた。
 かわいいお洋服やバッグ、靴ももらってしまい、クローゼットがいっぱいになりそう。

 中でも私が一番うれしかったのは、金色ネズミのしっぽだ。これは魔力回復薬の素材として貴重だから、ありがたい。

「ありがとうございます!」

「娘の成長は喜ばしいもんだよ」

 タマゾンさんは冗談を言って笑った。
 
「あの赤ん坊だったユズが、もう17歳とはなぁ。アリアドネそっくりになったな」

 それは昔を懐かしむ顔。私を通して、母を見ているように思えた。
 研究ばっかりで引きこもっていた母を知っている人は少ないから、タマゾンさんは母の話ができる貴重な相手だ。

「そんなに母に似ていますか?」

 自分でも似ているとは思うけれど、他人の目を通すともっと似ているらしい。

「ものすごく似ている。懐かしいよ」

 色彩は、母も祖母も同じだったはず。でも祖母とは顔の系統が違うかな。
 手鏡でまじまじと自分の顔を見るけれど、やはり母に似ているのだろうなと思った。

「まぁ、アリアドネはクールな女だったから、にこりともしなかったけれど」

 昔、タマゾンさんは母にフラれたと聞いている。冗談だか本当だか、酔ったらいつもその話をしていた。母は無表情でめったに笑わない人で、氷の魔女と揶揄されるくらいの人だった。

 娘の私も、ちゃんと笑った顔はたった一度しか見たことがない。父は一体、母のどこに惚れたんだろうか。漠然とした疑問を抱く。

「あ!」

私はここでようやく、さっき見つけた手帳のことを思い出した。ハクに聞いても見たことがないというから、誰のものかわからずじまいで。

「魔法で鍵がかかっているから、中を見るなら呪文を解読しないと」

 ハクは手帳の裏表紙を見て、そこに隠ぺい魔法で見えなくなってしまった魔法陣があるという。こんな手の込んだことをするのは、おそらく母だろうな。しかも天井裏に隠してあったなんて……ウィル様が天井を誤って破壊しなければ、永遠に天井裏に封印されていたということだ。

「お母さん、中に何を書いたんだろう」

「さぁな。案外ただの日記かもしれねぇぞ」

「お母さんがそんなことする?」

私の記憶にある母は、感情を表さない人間味のない人だ。あの暮らしぶりに、わざわざ隠すような内容があったとは思えないけれどな。

「何かすごい秘術かもよ」

ハクは笑う。それはありえるな、と私も思った。

「まぁそれはともかくだな

 タマゾンさんは、視線を私からウィル様に移すと呆れたように言った。

「ユズが立派になったのは驚いたが……ウィルはこれまたとんでもないな。街に出たら女が倒れるぞ、多分」

 やっぱり男の人から見てもそう思うんだ。
 私たちにじぃっと見つめられたウィル様は、なぜか顎に手を当てて困った顔になった。

「そうか。この国ではこの顔はそんなにひどいのか。倒れられては申し訳ないな」

「ウィル、正気かい?君には美的センスというものがないのかな?」

 ハクが呆れている。うん、私も呆れていますよ。
 ウィル様は、見た目の美しさも常識も浮世離れしているようだ。

 笑いを堪えきれないタマゾンさんはしばらく顔を背けていたが、持ってきた食材を箱に戻しながらウィル様に言った。

「あぁ、身体がなじんだらうちで荷下ろしの仕事でもするか?いきなり冒険者として迷宮探索はさすがにあぶねぇからな」

「いいのか?」

 ウィル様は乗り気だった。王子様なのに下働きも(いと)わないなんてびっくりだ。

「もちろんだ。狩りほどの収入にはならねぇが、身体つきは変わるだろう」

 ハクも頷いているから、ウィル様が荷下ろしの仕事をすることは決定した。

「それにちょっとは常識とか知らねぇと、いざってときにユズを守れないぞ。面倒ごとに巻き込まれるとかわいそうだ」

「ええ?私は自分のことは自分で守れますよ?」

 大海蛇(シーサーペント)を一人で狩れる女子なのに。首を傾げていると、タマゾンさんは笑った。

「若いときは心が安定しねぇから。油断と隙で、あぶねぇんだよ」

「そういうものなんですか?」

 よくわからない。でもウィル様は年長者の助言をすんなりと受け入れた。

「ご忠告、感謝する。力をつけて、ユズリハを守れるようになってみせる」

「お、おう……」

 あぁ、タマゾンさんまでウィル様のきらきらしいオーラにやられている。

「迷宮までたどり着く前に女の子に囲まれるんじゃないかな……」

 ハクは苦笑いだ。

 油断ならないウィル様のオーラに、私は思った。

「女除けの呪術でも探す?」

 祖母の残した呪いの書には、確かそんなものもあったはず。真剣に悩んでいると、ハクが私の肩にそっと手を置いて「それはだめ」と言った。


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