生まれ変わっても義弟は許してくれない。
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義姉と出会って10年以上時が過ぎた。義姉は歳を重ねるにつれ、美しく、そして優しく、女神のような人へ育った。
誰にでも優しい義姉の周りには穏やかな世界が広がる。
誰にでも女神の微笑みを向ける義姉。誰にでも困っていれば迷うことなく声をかけ、助けの手を伸ばす義姉。
そんな彼女の周りにはいつも人が溢れていた。
何でも持っている大嫌いなはずの義姉だが、誰かの為の義姉になることはすごく不愉快だった。
義姉は自分の全ての時間を僕にくれると言ったが蓋を開けてみればどうだろう。義姉の時間の全てを僕は間違いなく貰えていない。その時間は義姉の周りにいる誰かに与えられている。
僕に嘘をついた義姉が嫌いだ。
また義姉の嫌な所を見つけ、油断していたのか僕は、16歳の時、今まで完璧ないい弟でいたと言うのについ口が滑った。
「本当は全てを持っていて、苦労なんて何一つしていなくて、悪意を知らず、誰にでも手を差し伸べることができる姉さんがずっと大嫌いなんだ」
その時の義姉の顔。悲しげにだけどどこか納得しているような優しい笑顔。やっぱり義姉はどこかで自分が嫌われていると知っていたのだとこの時僕は思った。
だからだろうか。義姉は僕が18歳の時に通り魔に襲われて死んだ。女神のように優しい義姉を傷つけた僕にきっと神様が天罰を与えたのだ。
「姉さん!姉さん!」
自分でも驚くほど情けない僕の声が義姉を呼ぶ。いつものように笑顔の仮面をつけることができない。
義姉が大嫌いだった。思ったよりも早く、そしてやっと僕の目の前から義姉という存在が消えてくれる。
義姉とは死ぬまで付き合わなければならないと思っていたので、本当に随分早すぎるのだが。
何故。何故こんなにも怖いのだろう。
義姉が死ぬことが、怖くて怖くて仕方ない。
「これから買い物に行くんでしょ?来週は旅行にも行く約束をした。それから姉さんの時間全部僕にくれるって言ったじゃないか」
刺されて血が止まらない義姉の体を抱き抱えて僕は叫び続ける。必死に義姉に呼びかけることを止めない。
義姉と本当にたくさん約束をした。義姉は例え僕に嫌われていようと関係なくその溢れる愛を僕に注ぎ続けた。それが言葉にした時にどれほど僕を満たしてくれていたのかがわかった。僕は義姉との約束は何一つ忘れていない。
いや、忘れられない。僕は義姉を愛していたのだ。
「許さない、僕を置いて行くなんて許さない!」
「ゆ、ゆるさ、なくていい、よ、ゆう」
泣き叫ぶ僕に義姉は死んでしまうというのに何故か嬉しそうに涙を流す。
何故義姉は嬉しそうに涙を流しているのか。本当は僕のことが嫌いだったのか。いや違う。義姉は僕を本当の弟のように愛しているはずだ。
きっとこれは僕の本当の愛が伝わったからではないか。いい弟の演技ではなく、本当に僕自身が悲しんでいるからではないか。
死にそうなんだよ?何でそんなことで喜んでいるの。
「綾っ」
義姉の美しい世界しか映してこなかった瞳から光が消える。僕は義姉の名前を泣きながら呼んだ。
許さない。こんなにも好きにさせて。簡単に死んでしまうだなんて。
僕を1人残すだなんて。
やっと本当の想いに気がつけたのに。
愛している、綾。
僕の大切なたった1人の人。