いつか夏、峰雲の君

 曇天が、黒へと変わろうとしていた。きっとこの雲の向こうでは、秋焼けが鮮やかに燃えているのだろう。


 相も変わらず落ちる雨の中、僕たちは身を寄せ合い寒さに耐えていた。


 不思議と恐怖心は和らいでいる。


 肌の温もりを感じるからだろうか、それは分からない。ただ言えるのは、腕の中で震える夏希はどこか安らいでいるようにも見えた。


「……私ね、白が大嫌いだったの」


  ふと、彼女が語り始めたこと。それは他の誰よりも白い、夏希自身のものだった。


「生まれた時から白い天井が目の前を覆って。白いベッドと白い壁が、その部屋にある全てで。白いドアから入ってくる白い服の先生は、いつも白い紙を持ってくる——」


 白が私の全てだったと、彼女は当たり前の様にそう笑うのだ。


「私の世界でから見える唯一の色、それが青だった。病院の窓から見える、広い広い青空の色——」


  青——私が大好きな色。夏希はその言葉と共に、僕の手のひらを優しく包み込む。雲のように、白い白い両腕で……


「けどこの村に来てから、登吾くんに出会ったから、私は白が好きになったの。病院の塗り潰したような白が全てじゃないって。白は誰かのそばにあって輝くって……気が付いたの……」


 彼女はこの村過ごし、純白ではなくなっていたのだ。


 夏希という白いキャンバスに皆が描く色は彼女の回りをゆっくりと染め上げ、やがては空のように……


「……私は峰雲になりたい。登吾くんの青の中で輝く、ひと夏の華に」


  だから彼女は坂を上らなくなった。そこに峰雲が無いから、青空から自分が消えた気がしたから。


「だから登吾くん、どうか今は私の——」

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