いつか夏、峰雲の君
玄冬
時々、ふと思うことがある。人との出会いはまるで磁石の様だということだ。
運命という大海を流れる人々は偶然にも近づきあい、その引力によってお互いを一つにする。
そして自分という存在を大きくした磁石はよりその力を強め、より遠くを漂う誰かを引き寄せるていく。
いや、引き寄せるのは人だけではない。物や知識、感情や思い出、そういった目に見えないものまで出会いは引き寄せてくれるのだ。
きっとオリンピックのメダリストや宇宙飛行士は、それこそ目の前に並ぶヒマラヤ程の出会いを背負っているのだろう。
時は幾万もの出会いを生み出し、やがて同じ数の別れを与える。
多くもなく少なくもなく、出会った数だけぴったりと。最期には持っているものを全て手放して……
別れは己が身をえぐる。砂鉄と磁石で出来た体から、その石を一本だけ取り出すのは不可能なのだ。
磁力は砂鉄をからめとり、出会ったときよりも多くの体積を引き離してしまうから。
もし全ての磁石を取り除いたら、自分という核には何かが残るのだろうか?
それは他の誰でもない、生まれた時から持つ自分自身という存在なのだろうか?
いや、きっと違う。そこに残ったものは、絶対に手放したくない誰かとの思い出なのだ。