いつか夏、峰雲の君
「寒いね……」


  雪積もる薄暮17時30分。今まさに日が旅立つ2月の寒空から、ただ静かに降りしきる冷たい綿雪。


 それはまるで深海の中に降り注ぐマリンスノーの様に、駅を潜ろうとする全ての音を奪いさってしまうのだ。


 ひたすらに時を刻む秒針のリズムも、待合室で穏やかに燃える石油ストーブが揺らめきも、この瞬間を止まってしまえと願う僕の鼓動さえも。


「……っ」


 話したいことはたくさんあった。話しておくべきことも、抱えきれないほど……。


 きっとまた会えると、僕は彼女を励ますべきなのだろう。


 だが口は凍りついたまま、開くことも裂けることもない。なんとなく、なんとなくだが、それが二度と叶わない気がしたから……


 もうすぐ、夏希は僕のもとから去ってしまう。


 電車を乗り継ぎ空を越え、遥か彼方の東の都へ。11年間夏希を縛り続けた白い部屋の中へと、彼女は帰っていくのだ。


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